539 promise 【約束】
「オレが戦闘怪人になれば金を稼ぐことができる。だからもう泣くな、アーシ」
月明かりの下、波打ち際で泣きはらす娘を青年は必死になって説得していた。
「この村は貧しい。外との交易もほとんどなく、漁に出ても深海竜どもの存在が満足に村に収穫を与えてくれない。だったら一か八か、妖精女王の求めに応じ、戦闘怪人として一旗揚げる以外ないだろ」
「でも、それじゃあ、ネルスが……あなたが人間ではなくなってしまう」
そっと娘の肩に手を添えて優しく胸に抱き寄せる。
「外の世界は亜人でいっぱいなんだ。僕たちのような、非力な人間が生きていくには、力がいるんだ」
娘の肩が震えている。
青年の手に力が込められた。
「貧しく、人も少ないこの村では、僕が強くなる以外ないだろ? 待っててくれ。きっと妖精女王のもとで誰よりも強くなってみせるから」
「兵士になるってことでしょ? もうこの村には戻ってこれないかもしれないじゃない」
娘の言葉に青年は力なく微笑んだ。
「希望としては魚人系の戦闘怪人にしてもらいたいな。そうなればどんな危険な漁にも出れる。帰ってきたら毎日大漁だぞ」
青年は娘から離れると背を向けて、村を出て行った。
娘が離れ際に彼の顔を見上げた時、月は雲間に隠れ、彼がどんな表情をしていたのかわからなかった。
ただ娘は泣き崩れるしかなかった。
なにもない村で、唯一すがれる希望すらも失った悲しみに打ちひしがれた。
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「どうしてこんなお願いを引き受けちゃったデシかねえ」
暗闇に潜みつつ、バンが一言ウシツノにぼやく。
依頼と言わず、お願いと言ったのは、この冒険に満足な報酬など出ないからである。
「確かに、オレも亜人だからな。ニンゲンでなくなってしまうというあの娘の悲観には共感はできなかったが」
それでも目の前でああ泣かれてしまっては無下にも出来ない。
村を出た青年の後を追うことを約束してしまったのだ。
そして出来るなら何もしないまま村へと帰らせると。
「本当にお人好しデシ」
「まあ、きな臭いアーカム大魔境の秘密を探れると思えば、当初の目的とそう掛け離れてもいないんだし」
「はいはいデシ。で、どうするデシか?」
さしあたって、深い地下に広がる廃坑の底では行きかう人の姿も見えない。
移動するならどこへ向かうべきか。
「さっき車から降りた連中の行った場所を目指そう。どうにか上への階段を見つけるんだ」




