538 fishing village 【フィッシングヴィレッジ】
ウシツノとバンがその依頼を受けることになったのは、単なる偶然とお人好しからなるものだった。
アーカム大魔境南部の海辺リには幾つもの漁村が点在している。
荒涼とした無法地帯として知られる赤土の荒野には旅人の姿は稀であり、行き交う隊商なども皆無である。
当然整備された街道などなく、世界から見捨てられたこの僻地には自然と行き場を失った者たちが集い、隠れるように身を寄せ合って生きる場が出来上がった。
それから数世代が経ち、今もそこは変わらず力の無いものたちが隠れ住んでいた。
魔境南部のブルーウェル地方はアーカムでは最南端に位置する。
切り立った断崖が海に沿ってどこまでも連なる危険な地域だが、ここにも十世帯程度、およそ五十人ばかしが暮らす村がある。
魔境の最南端、誰も見向きもしない寂れた漁村で、交易もままならず、侘しい自給自足で一生を賄う他ない村である。
この小さな村にウシツノとバンは流れ着いたのだ。
理由は大したことではなかった。
人々が多く行きかう街では剣聖ウシツノに挑む無法者が後を絶たず、半ば逃げるように辺境へと繰り出したのだった。
緊急の当てがあるでもなく、旅立つ目的であったはずのアマンの詳細も掴めなくなったため、武者修行を兼ねて諸国を遍歴しようと思ったまでのこと。
ならばと当面の目的に設定したのがこの地、アーカム大魔境であった。
もちろんウシツノは足を踏み入れるのも初めてだ。
この地を選んだ大きな理由は藍姫にあった。
二年ばかりの冒険で、最初は未知の存在であった姫神についてだいぶ知識を得ることができた。
そしてウシツノが実際に面識のある姫神は現在四人。
白姫シオリ、黒姫レイ、桃姫マユミ、銀姫ナナだ。
さらに金姫ミナミに関しては知り合った冒険者グループ、シャマン一行の仲間であることがわかり、もうひとり紅姫アユミは赤い鳥タイランの探し求める娘であることも分かった。
そうなると依然正体の知れない姫神はあとひとり。
アーカム大魔境にて妖精女王ティターニアの居城、支配の宮殿にいる藍姫だけである。
そうしたわけで目的地にこの魔境を選んだのだが、物見遊山が完全に裏目に出る。
街道も、行きかう旅人の姿もなく、土地勘のない二人はあっという間に道を見失ってしまったのだ。
這う這うの体でようやく見つけたのがこの村にともる小さな明りだった、という次第である。
しかし村人の反応は意外なものだった。
おそらく初めて見たカエル族であったのだろう。
信心深いものはウシツノを神と間違え、疑り深いものはウシツノをアーカムの戦闘怪人だと信じ、敵意を向けてきたのである。
それも仕方がない。
外界と交渉を持たないこの村の住人はみな、亜人ではなくニンゲンであったのだ。
「アーカムの大地には純然たる亜人種は居りませんでな」
必死の説明で納得を得てから村の長老に言われたのが上記の言葉だった。
とはいえ貧しいけれどそれなりに平穏であるこの村で、ウシツノとバンは一夜の宿にありつけたのだった。
しかし翌朝早朝、二人の前に村の娘がやってきて、涙ながらに哀願されてしまう。
要約すると、村を出て行った幼馴染の青年を連れ戻してほしい、という事だった。
他人の恋愛事情にはまるでピンとこないウシツノであったため、どうにも困ってしまったのだが、娘は泣きながらこう説明したのだ。
「彼、妖精女王の元へ行って、ケ、ケンプファーにしてもらう、って」
そこで娘は大声で泣きながらくず折れてしまった。




