537 sneaking 【スニーキング】
「ここでしゅよ、ウシツノ!」
先行したバンがウシツノを手招きする。
音を立てず、まばらな梢を伝いながらウシツノはバンのもとへと走り寄った。
岩陰からそっとその先を観察する。
五十メートルほど先に小高い赤土の丘に囲まれた、すり鉢状の巨穴がある。
直径も五十メートルほどありそうな、この地面に穿たれた縦穴は、すでに廃坑となった炭鉱である。
周囲には打ち捨てられたと思しき錆びた道具や腐った木材、朽ちかけた小屋もいくつか散見する。
「あそこか? 村人が〈アリの巣〉と呼んでた場所は」
「デシッ」
ウシツノの問いかけにバンが力強く答える。
すると静かだった周囲に重たい機械の作動音が鳴り響きだした。
見ると縦穴を出入りする唯一の昇降機が巻き上げられていた。
何本もの太い綱が太い梁を擦れるごとに粉塵を撒き散らす。
ゴウン、ゴウンという腹にのしかかるような響きが止まるとふたつの人影が姿を現した。
「ウシツノッ」
バンが人影を見やるウシツノの腕を叩き後方を注視させる。
まばらに生えた木々と赤土の岩壁の隙間から一台の馬車がやってきたところだった。
いや、正確には牛車だろうか。
曳いているのは体長五メートルはある野牛、ビッグバイソンだ。
車体は厚い鋼鉄で覆われた装甲車で、中を窺うことはできないが、情報通りなら十人程度は乗っているはずである。
かなりの重量だがビッグバイソン疲れを知らないのか、一頭で悠々と馬車を曳いていた。
御者はひとり。
小柄な体格で、日除けに帽子をかぶり黒いグラスで目元、粉塵除けにマスクもしており種族も性別も判別できない。
荒れた馬車道と無節操に張り出す枝葉を交わしながら巧みに鞭を入れ車を操作していた。
ウシツノとバンは装甲車が目の前を通過すると道に飛び出し素早く車体の後方にとりついた。
そしてガタゴトと揺れる車体の下部に滑り込み、地面と床板の間にしがみつき息をひそめる。
鋼鉄製の八輪の車輪があげる軋み音、跳ね散らかす小石、上下の激しい揺れにウシツノはグッと耐えた。
やがて装甲車はリフトの前で停車する。
御者と先ほど見た二つの人影が言葉を交わし、前進を再開する。
装甲車を乗せたリフトがゆっくりと下降を開始した。
どうやら二つの人影は地上に残ったらしい。
ウシツノは内心で小さな幸運を喜んだ。
リフトはゆっくりと下降し続け数分をかけてようやく停止した。
そこは縦穴のちょうど中間地点で、この装甲車が横に二台並べる程度の通路が横に開いていた。
全身を硬皮鎧にフルフェイスマスクの男が車体に近付くと、後部ドアを開ける。
中から十人程度のニンゲン達がドヤドヤと降りてきた。
狭い車内に押し込められていた彼らは体を伸ばし、筋肉の強張りをほぐしていた。
彼らは服装も体格もそれぞれだが、一様に若く、いささかの緊張感を持ちつつも、みな力をもて余しているように見えた。
「あっ」
車体の下部で思わずウシツノは声を漏らしそうになった。
こっそりと観察していたところ、降りてきたひとりに見覚えがあったからだ。
(あいつは、酒場にいた)
昨夜、アーカムの戦闘怪人三人と揉め事を起こしたニンゲンの戦士だった。
変わらずあの長い剣も所持している。
降りてきた十人は全身皮鎧の奴に先導されて横穴を歩き去っていく。
ウシツノとバンはそのまま身動きできず、再び動き出したリフトにより装甲車と共にさらに縦穴を下降する。
数分を掛けた移動はやがて最下層へとたどり着き、ついに停止した。
御者が鞭をいれるとビッグバイソンはゆっくりと前進し、その先の広大な地下厩舎へと向かう。
ウシツノとバンは頃合いを見て車体から転がり出ると、壁にかかったいくつもの松明の灯りが届かない暗闇へと移動した。
ようやく一息つけると、ウシツノが頬を膨らませて大きく息を吐き出した。
長いこと鉄棒を掴み全体重を支えていた両腕に疲労感がわだかまる。
「まずは潜入成功デシ」
送迎用の装甲車が通過する時間を調べたのはバンだった。
ついでにこの潜入方法を考えたのもバンだった。
上々の滑り出しにバンは誇らしく胸を張っている。
チラリと横目で伺いつつ、ウシツノは抱いた懸念を確認しようと口を開く。
「バン、見たか? あいつがいたぞ」
「昨日の奴デシたね、バンも見たデシ」
やはり見間違いではなかった。
しかしそうなると目的はなんなのか。
ここで見かけるとは考えもしなかったことなのだ。
その疑問をそのまま口に上らせる。
「なあバン、あいつの昨日の口振りからしたら、ここにいるのはおかしくないか?」
ウシツノの疑問にバンも首をかしげる。
「そうデシね」
「あいつはオレたち亜人や戦闘怪人を侮蔑していた。技を磨くより与えられた身体能力に頼っていると。そんな奴がどうして……」
「う~ん、そうデシねぇ。確かにここは」
「そう、ここは……ここはニンゲンを戦闘怪人に改造する施設じゃないか」




