536 physical ability 【フィジカルアビリティ】
「また考えてるデシ」
「あ? あぁ、うん」
人気のない街道をウシツノとバンだけがそぞろ歩く。
舗装などされていない、深い轍の跡が残る土の道を、ゆっくりと東へ向かい歩いていた。
周囲に目につくのは枯れた草原と痩せたブナの木しかなく、秋にしては冷たい風が二人に背後から吹き付けていた。
せっかくの追い風だがウシツノの足は遅く、朝からたびたび遅れるごとにバンは文句を垂れていた。
考え事に没頭している。
その原因はわかっていた。
昨夜、アーカムの戦闘怪人と諍いを起こしたあの男の言葉を気にしているのだ。
『大層な刀を持っているようだが、所詮は亜人。特異な身体能力にかまけて技量がおろそかでなければいいのだがな』
「何を気にする必要があるデシかねぇ」
バンにはウシツノが深刻になる理由がわからなかった。
ウシツノはため息をつく。
「あの男はニンゲンだ。ニンゲンは……」
ニンゲンは亜人に比べ身体能力で秀でた部分がない。
それが常識であった。
エルフのように長い寿命を持ち、精霊と交信する術も持たない。
ドワーフのように頑健で、暗闇も見通す暗視能力も持たない。
「トカゲ族のように硬い鱗もなく、犬狼族のように鋭い牙もない。鳥人族のように空も飛べず、魚人族のように海中で行動も出来ない。だがあの男は、強かった」
相当に鍛錬を積んだのが伺えた。
身のこなし、技量も半端なかった。
「ウシツノだって非力と揶揄されるカエル族デシ」
差別的に聞こえるのは承知でバンは言った。
ウシツノの強さをバンは疑っていない。
「カエル族だって、ニンゲンよりも水中では自在だし、自慢できる跳躍力もある。弱めの毒には耐性だってあるし」
「けどあの剣聖にだって勝ったデシ! グランド・ケイマン。あいつだって武芸百般と謳ってたデシよ」
「ケイマンか……」
ウシツノは黙り込んでしまった。
何かを言いづらそうにしているのがわかる。
「なんデシ? 別に誰も聞いてないデシ。ここだけの話にしてやるデシから、言ってみろデシ」
ウシツノは一瞬だけ躊躇するも、小さな声で、ようやっとバンにも聞き取れるぐらいの小さな声で、言った。
「オレ、あの剣聖に勝てたなんて思ってないんだ」
そう言って視線の先に生えた三本の木を眺めた。
「ケイマンとは三度戦った。一度目は聖都カレドニアへ着いてスグ。途中でレッキスに邪魔されたけど、正直オレは圧倒されていた。パンドゥラの箱も失くしちゃったし」
苦い思い出だった。
ベルジャンたちケンタウロス族に託された大事な箱を、いとも簡単に奪われてしまったのだから。
「二度目は東門広場だった。街に押し寄せた蒼狼の大群を追い払った直後。姫神の魔法を駆使した戦いを否定されて……」
『姫神だ? 雷撃ったり、人形を操ったり。それができれば最強か?』
『お主らは強いな。だが、ワシの求める強さではない』
『ワシが剣を振るために求める強さとは、ただひたすらに技量のみ』
「あの時は正直必死だった。それにあれは、そう……戦いというよりも指導を受けている感覚だった」
後日シオリからも同じような感想を聞かされた。
「そして三度目は一番ひどい。なんたってオレにその記憶がないんだから」
「記憶がない?」
「獣化してたんだ」
黒い雨の呪いで獣化したウシツノに代わり、唯一残ったシオリを援護したのが敵であったはずのケイマンだった。
その時ほど己の未熟さを嘆いたことはない。
「それに……」
ウシツノは三本の木をしげしげと眺めた。
三本とも枯れて今にも朽ちようとしていた。
「グランド・ケイマンは老いていた。深酒もたたり、身体はボロボロだったはずだ。もし、ヤツの全盛期に戦っていたら……」
「それは言っても仕方ないデシ。時の経過は誰にでも訪れる……」
言いつつバンは自身が四百年生きながらえている事に気付き口をつぐんだ。
しかし姫神は、世の理から外れた存在。
そのことを意識せざるを得なかった。
かろうじて、声を枯らしつつ、
「姫神は、別デシけど」
とだけ言い添えた。
ウシツノは自身の手首に巻かれた包帯を取った。
「ほら、ほとんど治ってる。傷跡もない」
昨日嚙まれた傷はきれいに治っていた。
「それは」
「これはシオリ殿のチカラだ。癒しのチカラが少しオレの中にも流れているのを感じる」
おもむろに自来也を抜くとウシツノは目眩滅法に振り回した。
あらゆる型を舞う。
カエル族特有のガマ流刀殺法。
タイランから教わったハヤブサ流剣法。
そしてそれらを活かしつつ自ら改良を重ねた我流剣法。
それはまだ完成には程遠かったが、いずれ父の残した剣術をさらに昇華させようと日々研鑽を積んでいた。
「この道でいいのだろうか」
そこへ昨夜の顛末。
あのニンゲンの言葉がズシリと心にわだかまった。
自分だけの、自分だからこその剣術。
それでもって完成と言えるのだろうか。
持って生まれた特異な身体能力をあげつらい、最強と決めていいのだろうか。
その時、後方より二人を追い抜かんとする一団が通りかかった。
異様な集団だった。
十人ほどのその集団は全員が大柄で、そろいの朱に染めたマントとフードで全身を覆い隠していた。
「道を開けてもらおう。旅を急いでいるので」
往来の真ん中で刀を振り回していたウシツノは赤面し、いそいそと道を譲った。
二人の前を通り過ぎるとき、下から見上げていたウシツノとバンはフードの中の顔を目にとめた。
「ドラゴン?」
まさしくドラゴンの顔をしていた。
「竜人族デシ」
バンのささやきはウシツノにだけ聞こえた。
一団は二人に頓着せず、まっすぐ東へと歩き去っていった。




