535 mel puttah bemoh 【メルパッターベモー】
ウシツノは男に絡む戦闘怪人たちを観察した。
ひとりは大柄で上半身の筋肉が灰色がかった厚い皮で覆われている。
もうひとりは一見普通だが、広げた腕と脇腹が一枚の幕で繋がっている。
最後のひとりは首も腕も異様に長く、細い舌をチロチロと出し入れしていた。
「サイとエイとコブラ、かな?」
ウシツノの答えにバンも同意した。
「趣味が悪いデシ」
戦闘怪人とはアーカム大魔境の兵隊である。
それぞれが動物や昆虫の特徴を持つヒト型の戦士だが、質の悪いことにほとんどが悪辣で好戦的だ。
亜人とは違い元はニンゲンであり、倫理観ぶっ飛んだ生命改造を施された者たちという噂だが、アーカムを支配する妖精女王ティターニアは否定している。
「テメェもう一度言ってみやがれや」
サイ男が座ったままのニンゲンに食って掛かかる。
「一度で理解できぬのか。やはり改造されると脳が機能縮小するというのは本当のようだな」
ニンゲンの男は慌てる素振りも見せずに言い返した。
その肝の据わった態度にウシツノは感嘆し、その男もよく観察してみた。
ニンゲンとしては体格は中肉中背。
全身を群青色で染め上げた硬質な革鎧で覆っているが、肩から背中に垂れるマントは白地に月と太陽のシンボルが大きく金糸で刺繍されている。
短髪の黒髪で肌も褐色。
瞳も深い黒色をしているが目つきは涼やかで清涼ささえ感じさせる。
しかし目を引くのは椅子の背もたれに立てかけた彼の剣だろうか。
黄金でこしらえたような立派な鞘と柄ごしらえ。
刃幅は細身だが何よりも、長い。
「オレを馬鹿にしたなッ」
猛り狂ったサイ男は前傾姿勢をとると一旦距離を取り、そして男に向かい突進した。
まるで店内に地震が起こったような重い足音を響かせる。
男も立ち上がると立てかけてあった自身の剣を取る。
半身になり、腰を落としつつ、サイ男の左足に鞘の先を鋭く突き出した。
「ぐへぇッッッ」
突き出された鞘の先はサイ男の左足小指を正確に砕いていた。
サイ男は床に突っ伏し激痛にのたうち回る。
「本物のサイならば、足の小指などという弱点は通じないだろう。だからお前たちは半端モノだと言ったのだ」
「こいつッ」
残りの二人も男に対し敵意を表し威嚇し始めた。
「まだわからないのか?」
男も剣を鞘から抜いた。
「長いデシよ! こんな狭い場所で振れるデシか?」
バンがそう驚くのも無理はない。
男の剣は長かった。
並のブロードソードの倍以上、百七十センチはあるだろうか。
「確かに長い。だがあれは」
それは変わった剣だった。
両手で握るのだろうが、本来、柄と刃元の間にある鍔が左右の手に合わせてふたつも付いてる。
「あれはおそらく、メルパッターベモーだ。斬るというより刺突に特化した剣」
「ウシツノは刀剣類に詳しいデシね」
「あのふたつの鍔は刺突攻撃の威力向上に一役買っている。チェインメイルぐらいなら余裕で貫き通すと聞いた」
男がチラリとウシツノを見た。
その余所見をコブラ男は見逃さない。
「バカめッ」
大きく口を開けて男を丸吞みにしてやろうと飛び掛かった。
しかし彼が吞み込んだのは男ではなく、刃だった。
口から身体を縦一直線に貫いたのは男の長い剣だった。
男は一歩も動くことなく、コブラの戦闘怪人を串刺したのだった。
「ひ、ひぃッ! 覚えてろぉ」
残ったエイ男は捨て台詞と仲間の死体を置いて店を出ていく。
遅れじと足を引きずりサイ男も逃げていった。
「すごいな、あんた」
感嘆したウシツノは男に声を掛けた。
「メルパッターベモー。珍しい剣だ。いいのを見せてもらったよ」
そういうウシツノの腰にぶら下がる刀を男は見ていた。
やがて自身の荷物をまとめると店主を呼びつける。
「騒がせた。宿泊はキャンセルする。悪いが死体の処理はこいつで勘弁してくれ」
男は相応の金額を上乗せして店主に渡すと店を出ようとウシツノの前を通りがかる。
そこでやおら足を止めると小さな声でつぶやいた。
「大層な刀を持っているようだが、所詮は亜人。特異な身体能力にかまけて技量がおろそかでなければいいのだがな」
「ッ!」
男は背を向けると喧騒渦巻く店内からひとり、静かに出て行ってしまった。




