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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: あずえむ
第六章 英雄・奇譚編

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530 アマンと不思議のダンジョンその29 新たなる候補


 その窓ひとつない石組の小部屋は、小さな木製の文机と椅子が一脚あるだけで、小さなランプの灯す光が一切の影を作らない程度の広さしかない。

 その部屋の主は老人で、白い髪と、同じ色の白いひげを、肩よりなお下まで長く垂らしていた。

 身に着けた長衣(ローブ)は濃い目の紫色。

 ゆったりとした恰好で、張り詰めた表情をしつつ、インクの滴る羽ペンを紙面に走らせていた。


 老人の名はエンメ。

 彼は砂漠に建つこの塔の一室にこもり、決して外に出ることはない。

 なぜなら彼には役目がある。

 この世界の事象を記録し続けるということ。

 彼がこの部屋を出ることはない。

 しかし彼の知らない歴史は存在しない。

 〈千里眼〉、〈偉大なる年代史家〉、彼を指す異名はいくつかある。

 だが真に彼を言い当てている名については多くの人は知らずにいた。


 彼は〈智慧〉。

 常に中立を保つ者。


「なぜ秘宝を手に入れた」


 エンメを知る者が聞いたら今の発言に驚くことだろう。

 全てを見通すはずの彼が、なぜ、と疑問を口にしたのだから。


 羽ペンは止まらず、刻一刻と〈現在〉を書き綴る。

 しかし答えを待っているのだろう。

 聞き漏らすまいとしてか、よどみなく動き続けるはずの羽ペンの速度が少し落ちたように見える。


「ふぅむ。良い香りですが、このお茶は私には熱すぎます」


 その部屋にはもうひとりいた。

 スラリとした体躯に貴族風の衣類を身に着け、額には黒瑪瑙(めのう)の宝冠が輝く。

 しかしながら頭部はアイボリーの毛並みをした猫そのもの。

 幻想種族バステトを束ねるマグ王であった。

 マグ王は薫り高い湯気の立つティーカップをエンメの目の前に置くと、猫舌なので、と言い訳した。


「お前のために淹れたものではない。答えるんだ」

「めぐり合わせ、でしょうか」


 悪びれることなく飄々と答えた。

 エンメが渋面を作る。


「お前には義務と責任がある。死者の国との境界を護る重要な義務だ。それ故に与えられた特権には責任が付きまとう」

「常に我がもとに黒姫を降臨させること」

「そうだ」


 エンメは吐き出した大量の息と一緒に肯定の相槌を打った。


「トレジャー・ギアは死者の国の更なる地下に封印しておくべきものだ」

「お言葉ですが、その秘宝の封印も安全ではなくなったのです」

「闇と炎、ふたつを手にしたそのカエル族の若者」

「アマンさんですか」

「お前、このことを見越してそ奴を不死人(ラー・シャイ)にしたのではあるまいな?」

「まさか偶然です。秘宝の封印を解くのに必須な黒姫と紅姫、双方から好かれている者が我が宮殿に見えたことなど」


 エンメの目が細くなるにしたがって、部屋を照らすランプの光量も絞られていった気がした。


「あくまでダイスの目だと言い張るか」

「秘宝は私が安全に管理いたします。どうかご安心を」


 そう言ってマグ王はふたつある部屋の扉のひとつへと向かった。


「私はめぐり合わせにすぎませんが……」


 マグ王は立ち止まり言葉を継いだ。


「ハイエルフに関しては看過できないものと思いますよ」

「わかっておる。おそらくズァも黙ってはおるまい。首謀者はエルフの女王か」

「それとおそらくは、元黒姫のオーヤではないかと」


 マグ王は優雅に一礼して背を向ける。


「それで、お前は姫神に賭ける〈心〉と、利用する〈力〉、どちらに寄るのだ?」


 扉に手をかけたマグ王の背にエンメが問う。


「今日はいつになく質問が多くはありませんか、〈智慧〉殿?」


 扉が開くと同時にマグ王の姿は空気と同化するように消え去ってしまった。

 もはやこの塔のどこにもその気配は感じられない。

 エンメは羽ペンを動かす手を止めて天井を見上げた。


「お前の言いたいことは概ね承知しておる」


 一万九千年弱。

 システムが古くなるのは当然であろう。


「だが模造品(ハイエルフ)なんぞに権利を譲るわけにもいくまいて。のう?」


 部屋に新たな存在の気配が漂う。

 姿は見せず、声も聞こえぬが、エンメの他にふたつの意志が顕現していた。


『エルフの女王の目的は魔精霊ヴィルゴだろう』


 力強い思念がそう言った。


『規格外の姫神だった魔女オーヤが時計の針を進めていますね』


 心優しい思念がそう言った。


「覚悟するべき時が近づいておるな。新たなる三柱神、〈力〉〈智慧〉そして〈心〉を託すべき時が」


 智慧深き厳かな声でエンメは応じた。


『候補はいるのですか?』

『その必要は感じぬ』


 ふたつの思念が反発し合った。

 エンメはそのどちらにも寄らず、まだ何も書かれていない白紙のページに目を落とすと小さくつぶやく。


「姫神に縁の深き者。三人……いや、三匹、か…………」






第六章 英雄・奇譚編〈了〉


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