525 アマンと不思議のダンジョンその24 ペインキラー
キリキリキリ……
首をかしげるだけで、きしんだ音がするようだ。
灰色の目をかっ開いて、黒いドレスを着た白い肌の黒姫がゆっくりとエルフたちを凝視した。
華奢な女だったはずが姫神へと転身した途端、辺り一帯をうすら寒い空気が席巻しだす。
周囲に押し寄せるアンデッドの群れよりも、断然黒姫ひとりの方が不気味だった。
「だからって怖気ずくとでも思うかッ」
レイの頭上から青いエルフのキキーが攻撃を仕掛ける。
「水撃砲ッ」
両掌から怒涛の水流がハンマーで叩く以上の重みをもって打ち出される。
レイは魔剣デスブリンガーを振り水を一刀両断する。
「もらった!」
銀光一閃。
レイが水流を薙ぎ払った瞬間を狙い、鋼の刃と化した銀のエルフの回し蹴りがレイの頸動脈を掻っ切った。
ガクン、とレイの首が横倒しになる。
「おっと、と」
その首をレイは片手で支えると何事もなかったように首を元の位置に戻した。
傷口は見えるがレイは平然としている。
流血すら一滴もなかった。
驚き立ちすくむ銀色のメリーを追い越して、ゴーストを振り切ったウィリーとフュリーが格闘術で打撃を与える。
顔やボディにいいのが入ったが、少しぐらついただけでレイは倒れない。
相変わらず人形のように丸い目を開いてエルフたちを凝視する。
異様な雰囲気にエルフたちは飲まれていた。
「ようやく、わかった」
か細い声でレイがつぶやく。
「あなたたちの攻撃が、痛くないのは、私の、能力」
レイはそれ以上は言わなかった。
だが自身では気付いた。
白姫のシオリは状態異常が無効化される「光の祝福」がある。
紅姫のアユミには周囲を高熱のバリアが囲う「熱風防壁」がある。
そして自分には、痛みを感じなくしてくれる固有スキルがあるのだ。
「無痛症」
そうささやいて、レイは笑った。
その笑顔はとても禍々しく、不気味で、嬉しそうだった。
「負ける気がしない」
そばでおののいていたウィリーの腕をつかむと思い切り振り回しフュリーに向かい投げつける。
受け止めきれずに二人はもつれあいながら吹き飛ぶ。
離れた位置からハニー・バニーとマネー・モネーがヒートガンを連射するも、熱線はレイの肌を少し焼け焦がせただけだった。
魔剣を振りかざしてその二人にレイが突進する。
「う、うわッ」
いつも強気で乱暴な性格のハニー・バニーが恐怖で顔をひきつらせた。
魔剣はその彼女の胴体を貫通していた。
腹部から背中にかけて刺し貫かれていた。
口からも血の塊を吐いてハニーは倒れた。
隣にいたマネーは驚いた顔のままノドを切り裂かれた。
ハニーに覆いかぶさるように倒れると、しばらく苦悶のうめきを漏らしたのちに動かなくなった。
「お、お、ま、えぇッッッ」
キキー・コキーが怒りの形相で殴り掛かる。
レイは面倒くさそうに魔剣を振るった。
金属がぶつかり合う音が響くと、キキーをかばうように両腕を硬質化したメリーが剣を弾いていた。
「よくも、ハニーとマネーを」
メリーは泣いていた。
キキーも泣いていた。
立ち上がったウィリーとフュリーもだった。
「黒姫! お前は許さない」
「あの二人はまだ力を与えられていなかったというのに」
レイは首をかしげた。
なぜ戦いを吹っ掛けてきた側がこうも激昂するのだろうか。
自分本位でまるで子供染みている。
「あなた、たちでは私に勝てない、よ」
どちらかと言えば諭すような声で教えてあげた。
それが彼女らをますます激昂させてしまったようだ。
「見くびらないでよねッ」
「私たちの、禁じられた力を解放するまで!」
「目にモノ見せてくれる」
「ハァァッ!」
四人のエルフがレイを囲む位置取りをすると、それぞれが自身の支配下に置いた精霊の力を増幅させ始めた。
「無駄だよ。本気になった姫神に、何したって」
クス、と笑うレイに今度は四人のエルフが笑い返した。
「姫神だから負けないと思っているのなら、それは我等も同様なのですよ」
「?」
四人のエルフたちがそれぞれのカラーで光に包まれた。
まぶしいその光がおさまると、触腕を生やしたキキーが、硬質の液体金属を変化させるメリーが、なまめかしい悪魔の色気を醸し出すウィリーが、そしてレイが喚びだしたアンデッドを手懐けるフュリーの姿があった。
「あなた、たち?」
「これが我らの力だ」
「姫神と同様の力を持つ我ら」
「我らはト=モ様により造られたハイエルフ」
「ハイエルフとは、姫神因子を持つことを許された者。お前たちに代わり、真の姫神としてこの世界に君臨するのだッ」




