524 アマンと不思議のダンジョンその23 サモンアンデッド
「アマン……」
六人のハイエルフを押しのけて前へと進み出てきたアユミを見て、アマンは思わず息をのんだ。
隣に立つレイもだ。
動揺から白磁のような顔色がいつも以上に白さを際立たせている。
アユミは紅姫紅竜美人の姿のままだった。
赤い鱗と皮翼、炎に燃える髪、鋭い牙、ナイフのような爪。
凶暴さと破壊力を描き出したかのような竜の出で立ちはいつものままに、しかしアユミのその瞳は、弱々しい光をかろうじてたたえているに過ぎなかった。
全身に傷を負っていた。
流れ出た血が固まり、どす黒い色でこびりついていた。
膝は力なく、肩は重たげであった。
ゼェゼェと呼吸が牙の間から漏れ出る音がする。
そして炎が瞬いている。
右肩で燃える炎がくすぶる。
左肘で吹き上げる炎が爆ぜる。
爪を動かすたびに燃える軌跡が空気を焼け焦がす。
一歩歩くたびに地面の岩が熱で溶融する。
息を吐くと炎が吹きあがる。
「アマン……アマン……」
アユミは少しずつアマンに近寄ろうとしていた。
一瞬たじろいだアマンだったが、踏みとどまると怒りに燃えた目をハイエルフたちへと向けた。
「お前ら、アユミに何をした」
「まるで我らがアユミをこうしたと言わんばかりではないか」
「アユミはト=モ様のため、必要なことをしたまでです」
青髪と黒髪が答えた。
アマンがこれ見よがしに舌打ちする。
「〈最強の炎〉というやつか?」
「そうだ。アユミは七つの炎の〈火種〉をその身に取り込んだ」
「七つの火種を合一することで最強の炎が生まれる」
「その炎をもってすれば、いかなる炎の封印も弾き飛ばすことができる」
「お前の後ろで燃え盛る、神の炎による御柱さえもだ」
チラ、とアマンは背中の火柱を盗み見た。
炎の中にエルフたちの求める歯車が、くるくると縦に横にと回転しながら変わらずに漂っている。
「この歯車、いったいなんなんだ?」
アマンのその問いに答える者はいなかった。
「アマン……どいて」
「アユミ」
エルフたちをかき分けて前へと出てきたアユミはアマンの背後を見ていた。
「よせ、アユミ! お前はそいつらに利用されてるだけだ」
「最強の炎を手に入れたんだよ……誰にもあたしを利用なんて……できないよ」
アユミの声はしわがれていた。
声も途切れ途切れで、動きもひどく緩慢だった。
元気なころを知っているアマンからしたら、目の前のアユミはあまりにもボロボロで見るに堪えない。
「アマン、どいて……」
「いいや、駄目だ! 絶対にどかねえ」
「アマン……」
「いい加減にしたらどうだ」
しびれを切らしたのはエルフたちだった。
「我らの邪魔をするなら排除するのみ」
「もともとこいつは敵です。やってしまいましょう」
エルフたちが各々戦闘の構えを取るとじりじりとアマンに詰め寄った。
そのアマンお前にひとり立ちはだかる者がいた。
「レイ」
「……」
深谷レイは無言でハイエルフたちの前に、アマンを守るように立ちはだかった。
「レイ……」
「……」
「…………任せるぜ」
こくん、とレイがうなづいた。
「舐めるなァッ! 姫神と言えど、転身させなければどうという事はないッ」
黒の剣を構えたレイに転身する隙を与えまいと、六人のエルフはいっせいに襲い掛かってきた。
特に白い髪のマネー・モネーと、金色の髪のハニー・バニーを除く四人はそれぞれが支配する精霊を使役したエレメンタル・アーツで攻撃を仕掛けてきた。
マネーとハニーもヒートガンを構え援護射撃に入る。
「出てきたことを後悔させてやるッ」
「可愛い顔ですが二度と消えない傷を覚悟してもらおうッ」
四人の攻撃がレイを襲う。
しかし攻撃は当たる直前、思わぬ形で逸らされてしまった。
左右からハイキックを仕掛けた二人は地面から伸びた軸足を掴む腐った手を見た。
飛び掛かった二人は空中で漂う靄に包まれると怖気を覚え身を縮こませた。
ヒートガンを構えた二人は背後から大勢の怨嗟の声を聴き振り向くと驚愕した。
「まさかッ」
地面から次々と腐った腕が伸びると土を掘り起こし無数のゾンビーが現れた。
空中には光る靄が尾を引いていくつも飛び回る。
彼女らを包囲するようにこのフロアへ続々とグールが集まってくる。
「アンデッドの群れだとッ」
「この女! 転身せずにアンデッドを召喚できるのか」
青いキキーが水撃でゾンビーを撃つ。
銀色のメリーは鋼の刃でゾンビーを斬る。
「そうか、こいつらが先回りできたのは……」
「このダンジョンはアンデッドモンスターばかりだから! すでに支配下に置いているのだッ」
桃色のウィリーと黒色のフュリーが必死に応戦するも、彼女らの得意な神経系のエレメンタル・アーツは幽霊や死霊には効果がない。
「クソッ! マネー、撃て! 黒姫を撃つんだ! みんなが危ない」
金色のハニーと白いマネーがヒートガンのトリガーを引く。
二条の光線が照射されるも間に首なし騎士が立ちふさがり盾で光線を弾き返す。
「クソォ! こいつら次から次と!」
金髪のライオンヘアを振り乱しハニー・バニーが吠えた。
「黒姫ェェッ!」
レイは魔剣デスブリンガーを構えて唱えた。
「転身。我は、深淵屍姫」
アンデッドの群れの中で、レイは黒いドレスのしかばね姫へと転身した。




