522 アマンと不思議のダンジョンその21 炎の魔神と炎の竜人
辺り一面を炎が躍った。
紅姫に転身したアユミのファイアブレスが次々と襲い来る敵を焼き尽くしていく。
相手は実体を持たない敵だった。
意思を持つガス状の塊がいくつも襲い掛かってくるのだ。
「こいつはガスクラウドです。この場所で死んだ者たちの魂が充満していたガスと結びつき疑似生命を得たのです」
「これもアンデッドなのか?」
「そうですよ、ハニー。だから私たちのエレメンタル・アーツは無力です」
「アユミの炎だけが頼りなのね」
ガスクラウドは様々な色をグラデーションさせた体をくねらせて襲い掛かる。
物理攻撃はいっさい効果をなさない。
桃色のウィリーの神経系に作用するエレメンタル・アーツも無意味だし、銀髪のメリーの鋼の刃によるエレメンタル・アーツも無意味だ。
「このダンジョンはアンデッドモンスターしかいないのか?」
「そうみたいです」
結局六人のハイエルフたちは身を守ることはできてもガスクラウドを仕留めることはできなかった。
現れたすべてのガスクラウドはアユミひとりで片付けたようなものだ。
「ハァ、ハァ」
顎先を伝い落ちる汗を手の甲で拭いながら、アユミはようやくひと心地ついた。
「大丈夫か、アユミ? ひと休みするか?」
「ハァ、ハァ、平気……」
肩に置かれた青髪のキキーの手を振りほどき、アユミは正面に燃え盛る火柱へと近づいた。
「第五の火、業火です」
火柱へ伸ばしたアユミの手に炎が燃え移る。
「ぐ、くぅ」
苦悶の表情のアユミが歯を食いしばり耐えしのごうとする。
やがて燃え移った火はアユミの体内に潜り込むようにして消えた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
ガスクラウドを退治した時よりも疲労の色を強く見せながら、アユミはへたり込んでしまった。
「炎の化身である紅姫をもってしても、この有様。なんとも恐ろしい封印の炎みたいね」
白髪のマネーが恐ろし気に呟いたことに、黒髪のフュリーが答える。
「七つの炎は順を追ってきつくなります。第一の炎獄、第二の燃焼、第三の砕火、第四の爆裂、そして今のが第五の業火」
「あとふたつってわけだ」
「第六の火、熱波、第七の火、奈落」
フュリーが言葉を切るとアユミは立ち上がり次のフロアへの扉を目指した。
「封印の炎の周りには必ず守護者的なモンスターが配置されているようです。今までのところすべてアンデッドでした」
「なに、あとたったの二つだ」
よろよろと歩くアユミの後を六人のエルフたちがついて歩いた。
「情けない。結局アユミに頼るしかないのか」
何人かが歯噛みしている。
しかしアユミはそんなエルフたちの会話も表情も気にしていなかった。
今はただ、無心になってやれと言われたことをやっているのみだ。
そうしていれば、今だけは余計なことを考えずにいられる。
疲れれば疲れるほどにそうしていられる。
だから止まらない。
すぐにでも次の相手を求めていた。
体中にほとばしる炎をすべて吐き出してやりたかった。
そうして最後の一滴まで、残らず吐き出して、空っぽになりたかった。
いくつもの扉を抜け、階段を降り、溶岩流が流れるエリアを抜け、深層へと目指した。
なにが出てもやることは変わらなかった。
「第六の火、熱波です」
行く手に新たな火柱を見つけた。
周囲の床はいたるところにマグマがわだかまっている。
立っているだけでも相当熱く、著しく体力を削がれていく。
エルフたちの目の前で、炎が悪魔の形を成していった。
「あれは……炎の魔神……イフリート!」
フュリーが発した回答に全員が舌打ちする。
アユミと同じ火属性である。
ここにきてパターンを変えてきた。
「ここはお前の出番じゃないか? キキー」
「今の私の水撃で太刀打ちできるとは思えないが」
それでもやるしかないと、青髪のキキーが自身のエレメンタル・アーツを発動しようと構える。
だが一行の先頭に立っていたアユミは躊躇せずにイフリートへと向かいだした。
「ガッ、ガガガ、ギ、グゥ」
「待てアユミ! お前では……」
咄嗟に手を伸ばした金髪のハニーが悲鳴を上げて出した手を引っ込める。
ハニーの右手から煙が嫌なにおいを立てて燻ぶっていた。
アユミの周囲が近寄れないほどに熱い。
ガチガチと牙を鳴らし、目はらんらんと輝き、全身のうろこがピンと立ち上がっていた。
「ガァッ」
それはまさにドラゴンが獲物を屠るさまを思わせた。
炎の魔人と炎の竜人が激しくもつれ合うのを誰も止めることはできなかった。




