520 アマンと不思議のダンジョンその19 最強の炎
ドンドンドンドンッ!
ドンドンダンドンッッ!
ドンッドンッドンッ!
長櫃の中からものすごく何かが叩きつけている。
「な、なんじゃよ……やめとくれよ……」
長櫃にもたれてウトウトしていたチチカカは、最初の一撃で目を覚ますと、そのけたたましい音量に身をすくませてその場を離れた。
そのまましばらく立ちすくんでいたのだが、一向に叩きつける衝撃音は止まない。
「どうかしましたか」
「ああ! オンラクさん」
その部屋に様子を見に現れたのは黒猫の頭部をした怪猫族の女性オンラクだ。
いつも通りスラっとした体躯で優雅に歩み寄ってきた。
「どうかしましたか?」
もう一度チチカカに問いかける。
「実は、レイちゃんが長櫃に入ってそろそろ二時間が経つんじゃが、突然こう……」
ダンッ、ダンッ、ダンダンッッ!
「この音が止まないんじゃよッ」
両手で耳を塞ぎながらチチカカはすがるように叫んだ。
音がうるさくて普通の話し声では聞こえやしない。
「開けてみてはいかがでしょう?」
「イヤじゃッ! ワシャ怖いッ! ぶるぶる」
オンラクの提案にチチカカはとんでもない、といった顔をする。
「では、私が開けましょう」
長櫃に近付くとオンラクは一応警戒のために腰元の剣に手をかけて、反対の手で蓋をゆっくりと持ち上げた。
途端、中から勢いよく何かが飛び出した。
部屋中に焦げ臭いにおいが充満する。
飛び出してきたものは全身からぶすぶすと焦げたにおいを発散している。
「ケホッ、ケホッ! やっと、開いた」
それは全身を煤にまみれたアマンだった。
「お、おやっさん……水……」
「アマン! お前、なんてこった……」
「おやっさん、水ッ」
「あ、ああ! ちょっと待て」
先ほどまでの恐怖心はすっかり置き去りに、チチカカは水差しからコップに移し替えた水をアマンに手渡した。
「ゆっくり飲め、よう冷えてるからな」
「ち、ちげぇよ! 水をかけてくれ! 体中が熱いんだって!」
コップの水を自ら頭にぶっかけながらアマンが叫ぶ。
「あぁ? あぁ、そうなのか。だったら最初からそう言って……」
「早く! 頼むよぉ……」
アマンの叫びは悲痛な響きを帯びていた。
水差しに残った水をアマンにかけてやっている間に、オンラクが水を取りに部屋を出ていく。
入れ替わりに長櫃の中からもうひとり、全身が黒い者が出てきた。
その者はアマンのように転げまわったりはしない。
黒い色は焦げでも煤でもなく、彼女自身が発散する闇であったから。
「うぁッ! なんじゃ」
チチカカが驚いて腰を抜かしてしまった。
まるで幽鬼のようにたたずむその女が怖くて仕方なかった。
「レイだよ、おやっさん」
「レ、レイちゃん?」
黒姫の姿をしたレイを見るのは初めてだった。
話は聞いていたものの、いざ目の前にするとそれは想像した以上に不気味さと威圧感を伴っていた。
「レイ、もう戻ってくれよ」
アマンの声にレイは黙って転身を解いた。
一瞬黒い風がレイを真下から吹き付けたかと思うと、すでにそこにはチチカカの知るレイが、黒の魔剣を持って立っていた。
うつむき気味に目線は下を向いている。
「お持ちしましたよ」
そこへオンラクが、水の入った甕を抱えて、さらに同じ甕を持った召使を二人ともなって戻ってきた。
甕の水をアマンにかけてやる。
「うはぁ、生き返るぅ」
そしてもうひとつ水の入った甕にアマンは飛び込んだ。
「はぁ、やっぱカエル族は水に浸かってなんぼだな」
「風呂みたいに言うな、アマン」
ビビらされた腹いせにチチカカはアマンの入った甕を蹴り上げた。
当然蹴った足の方のが痛かった。
「レイさん、あなたは大丈夫ですか?」
オンラクが残った最後の甕を指すがレイは首を横に振った。
レイにアマンのようなダメージは見受けられなかった。
「オレも不死身だからさ、少し待てば傷は治るさ」
甕の縁にもたれてアマンは気持ちよさそうにしている。
その脇で水浸しになった床を二人の召使が片付け始めていた。
「ったく、何があったかは知らんが、あまり迷惑かけるんじゃねぇぞ」
「大変だったんだよ、こっちはさ」
鼻白んだアマンがマグ王の所在を問うがオンラクも知らないと答える。
「じゃあオンラクさんさ、あのダンジョンに本当は何があるのか知らないかい?」
「……と言いますと?」
「しらばっくれようとしてるな? ダンジョンにアユミとハイエルフたちが来てるんだぜ。あいつらも使える武器を探しに来たってことはねえだろ?」
「紅姫とエルフたちが……」
普段あまり表情を変えるところを見せないオンラクが、この時ばかりは驚いた顔を見せてくれた。
「緊急事態みたいだな。まだオレたちに教えてないことがあるんじゃないの?」
アマンがニヤリと笑う。
「そうですね。ですがマグ王の意向なしには……」
「アユミは<最強の炎>を探しに来たって言ってたぜ。それがあのダンジョンの秘密なのか?」
「…………炎」
オンラクは黙り込んでいたが、よほど事態を深刻に見たのか、ポツリポツリと言葉を紡ぎだした。
「あのダンジョンの深奥には、あるアイテムが収められています」
「なんだい、それ」
「<トレジャー・ギア>と呼ばれるものですが、私にもどんなものかはわかりません」
「最強の炎って言うのは?」
「トレジャー・ギアは<七つの炎>によって封じられているそうです。その封印を解くために使うのが」
「それが最強の炎、か」




