519 アマンと不思議のダンジョンその18 泣くアユミ
「あー、あー、あーあ。アユミったら、あーあ」
「おやめなさい、ハニー・バニー」
「だってよぉ、見なよ、マネー」
金髪のライオンヘアを振り乱す勢いでハニー・バニーは周囲を睥睨した。
辺りには熱風が満ちていた。
抜けるような空などない、広大な地下ダンジョンのフロアは蒸気で覆いつくされ靄がかっている。
エルフの少女たちはむせ返るような熱気に汗ばんでいた。
ハニー・バニーに促され辺りを見渡そうと立ち上がったマネーだったが、突然足元の地面が崩れ、地滑りを起こした。
落下しそうになったところを仲間たちに支えられ、なんとかその場で持ち直せた。
その地滑りで滑落してゆく岩の音を合図にしたのか、次第に靄が晴れていき、今いる場所の全貌が明らかになっていった。
「わっ、わあぁぁ」
六人ともに息をのんだ。
靄が晴れると自分たちの立っていた場所が巨大なクレーターの上辺であったことに気付かされた。
白髪のマネー・モネーが足を滑らせた先は、落ちれば絶対に助かりそうもないほどに高い絶壁の上だったのだ。
「なんともまあ、奈落というのはこういう場所のことを言うのだろうか」
それほどに広大に地面がえぐられていた。
「さすが本物の姫神、アユミの炎は凄まじいね。恐れ入ったよ」
「だからおやめなさいって、ハニー」
「そうだ。あまり執拗にイジってやるな。矛先がお前に向いても我々は助けてやれんぞ」
「はいはい。アユミのメンタルは繊細だかんね。ほら、やっぱり、向こうで泣いてるよ」
ハニー・バニーが巨大クレーターの向こう側でへたり込んでいるアユミを見つけた。
転身は解かれ、普段の人間態に戻っていた。
「仕方ないな。いつものように慰めてやるか。敵に勝ったんだゾ、ってね」
「そうだな。姫神の中でも最高の破壊力を持つ紅姫なんだから、それを褒められて喜ばないはずがないね」
「行きましょう」
六人のハイエルフたちはまだ熱を持って赤熱している地面を慎重に歩いて行った。
「しかしこんなに深い穴を開けたというのに下の階層に突き抜けないのですね」
「そうだな。ここはそう言えばダンジョンだったな」
ひとつの階の天井の高さをおよそ三メートルとした場合、少なくとも十階層はぶち抜けるだけの穴が開いているのだが、空間はひとつも見えず、どこまでも赤熱した岩肌が見えるのみだった。
「やっぱりこのダンジョンの各フロアは断続した構造なのですね」
「ひとつひとつのフロアが独立しているのか」
「たぶん。階段という記号を用いることでランダムに別の次元へと移送されているのでしょう」
「難しいことはよくわかんないな」
ハニー・バニーは眉間にしわを寄せイヤそうな顔をする。
「何を言っているハニー。我々は最高の英知を授かりしハイエルフなのだぞ。情けない」
「ハニーは筋肉で考える変わったハイエルフなのよ」
「お前らなぁ」
そんな会話をしているうちにアユミの元へとたどり着いた。
両膝を抱え込んで座り込むアユミは振り向きもしない。
「よくやったじゃないか、アユミ」
「そうだぞ。アユミはやっぱり強いな」
「あのカエルも黒姫もマグ王の手先だったんだ。倒して正解だよ」
ぴく、とアユミの肩が揺れた。
「アマン……アマン、アマァァッン! あぁぁぁぁああぁぁん」
アユミは小さくつぶやいたと思うと、やがて大声を上げて泣き出した。
「どうしたんだアユミ、なぜ泣く?」
「アユミは勝ったんだぞ。それともどこか痛いのか?」
六人のエルフは訳が分からず狼狽した。
「アマン、アマン、あたし……ひっく……あたし、また……」
「また?」
「またアマンのこと殺しちゃったよぉぉぉ! うあぁぁぁん」
けたたましいアユミの鳴き声に六人は耳をふさいだ。
「落ち着きなさいよアユミ」
「そ、そうだ、アユミ! あのカエルならきっとまた生きてるさ」
「そうだよ! だって前回も生きてたんだから」
「確かに。上半身吹っ飛ばされても生きてたものね、あのカエル」
ピタっとアユミの泣き声がやんだ。
「生きてる?」
六人が一斉にうなづく。
「だからアユミ、ト=モ様に言われたことをするんだよ」
「七つの炎を身に着けるの」
「生きてる……」




