515 アマンと不思議のダンジョンその14 暗闇を経て
時間軸をほんのちょっぴりだけ巻き戻す。
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「クソッ」
汚い言葉を吐き捨てながらアマンが勢いよく立ち上がり、そのせいでチチカカに生命の水の飛沫が飛び散った。
「ぶあッ、ぺっぺ……ひどいじゃないかアマン」
抗議の声を上げるもアマンはこちらに目もくれず、台から飛び降りると濡れた体にかまわず衣服と武具を再装備した。
「どうしたアマン? なに慌ててる?」
「マグ王は?」
振り返ったアマンの顔にいつもの陽気さが見えない。
「お、おらんよ。どこにいるかも知らん」
たじろぎながらもそう答えた。
「クソッ、とにかくすぐにダンジョンへ戻るッ」
「お、おい。少しは休憩したらどうだ。戦利品だって検分したいじゃろ」
「好きなの取り出してくれ! オレはすぐにまた潜る」
「なんじゃ! なにがあったんじゃ!」
「アユミだよ! アユミがいたんだ」
「ど、どこに? あ、おい! 待てアマン……」
チチカカの制止の声もむなしく、アマンはあわただしく部屋を飛び出していってしまった。
「やれやれ、なんだっていうんだ、一体。なあ」
部屋にはいつものようにもうひとり、レイがずっといたのだが、アマンは気付いていたのかどうか。
「どれどれ、じゃあ遠慮なく戦利品を見させてもらいますかね」
アマンのバックパックと中で繋がっている長櫃の蓋に手をかけた。
「アユミって……」
「ん?」
レイのつぶやきにチチカカの手が止まる。
「あぁ、エルフと一緒にいた赤い髪の女の子だよ。嬢ちゃんと同じ、姫神なんだってさ」
「じゃあ、やっぱり……」
何か考え込み始めたレイだったが、チチカカが改めて長櫃の蓋に手をかけると隣にしずしずとやってきた。
「どうかしたのかい?」
「……」
しばらく黙って長櫃を見つめていたレイは、やおら蓋を開けると片足を中へと突っ込んだ。
「お、おいおい! なにしようってんだい?」
「アマンの様子が普通じゃなかった。心配だから」
「いや、ここに入ったって……」
「アマンはもうダンジョンに入っちゃってる。今から追いかけても構造の変わる所でうまく合流できるかわかんない。だから」
言いつつレイは両足とも長櫃の中に入ってしまった。
膝から下は真っ暗な闇の中に沈んでいる。
「いやいやいや! 説明聴いてたじゃろ。アマンのバックパックに入れたものはこの長櫃から取り出せるが、逆はできない。こっちから入っても向こうには出れないんじゃよ」
「そうかな」
表情を変えずレイはしゃがんだ。
両手も闇の中へ突っ込むと、辺りをまさぐった。
指先にコツンと何か硬いものが当たった。
丸くて重い。おそらくアマンの爆弾だと思った。
「行けると思う。蓋を……」
首まで闇に浸かったレイがチチカカを見上げていった。
「し、しかしじゃなぁ……」
「大丈夫です。狭い闇の中には慣れているんで」
この世界での多くの時間をレイは棺の中で過ごしてきた。
「知らんぞ。何かあったらすぐ中から声をかけろよ」
弱り切った顔でチチカカはゆっくりと蓋を閉めてやった。
そしてその場にへたり込む。
「はぁ、やれやれ。こりゃこの部屋から離れるわけにもいかんぞ。老体にはしんどいばかりじゃ。ったく」
ぼやきながらもあれほどに心配を寄せる女の子の存在にチチカカは年甲斐もなくアマンを羨んだ。
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レイは闇の中で静かにうずくまっていた。
不思議な空間だった。
真っ暗で何も見えないが、狭いとは思わなかった。
足を伸ばしてもどこにもつかない。
闇の中に浮いているのだろうか。
それでも浮遊感などは一切感じない。
漂うでもなく、固まっているでもなく、ただそこにいることだけは確かだった。
レイは静かに待った。
ひたすらに待った。
眠ることもなく、暗闇で、目を瞑っているのか自分でもわからずに。
唐突になにかが自分に触れた気がした。
そのなにかは弱々しく、闇の中の虚空を掴んでは放したりを繰り返している。
レイは自分からそれを掴んだ。
するとグングンと身体が引っ張られるような気がして、突然に視界が開けた。
「ぷはぁっ」
「レ、レイッ! なんで?」
驚いた顔のアマンがそこにいた。
レイは目論見が当たった、とひそかに心中でほくそ笑んだ。




