514 アマンと不思議のダンジョンその13 中から
「アマンッ」
目を剥いてアユミは叫んだ。
アマンの胸から背中にかけて大鎌の先端が突き抜けていた。
「ゴフッ」
アマンの口からどす黒い血の塊がこぼれる。
脱力していくアマンから漂っていた黒いオーラが薄れ、体色も元の若葉色へと戻っていく。
「アマン」
手を伸ばしたアユミの指先とアマンの指先が触れる寸前、大鎌が大きく振られアマンの身体は彼方へと投げ捨てられた。
アマンの血を滴らせた刃を眺め、髑髏の姿をした死神がほくそ笑む。
「お前ッ」
目に怒りをギラつかせたアユミが咆哮とともに炎を飛ばす。
「燃える拳ッ」
業火をまとった拳で殴りつける。
それは空間ごと死神の存在そのものを抉り取るかのような一撃だった。
しかし業火は死神の身体をむなしくすり抜ける。
「このッ! 猛爆発ァ」
アユミの前方に大爆発が起きる。
大音響と衝撃と猛烈な爆風に炎が渦巻く。
「そんなッ」
しかしその一撃も効果は見えなかった。
死神は黒い瘴気を漂わしながらぼろぼろのローブをひらめかせてダンジョン内を飛び回っている。
「アユミッ、ギャァッ」
離れた位置からウィリー・ウィーの悲鳴が聞こえた。
彼女だけではない。
仲間のエルフたちが皆ゴーストを相手に苦戦していた。
実体を持たない霊魂のみの存在に彼女らの格闘術は通用していないようだった。
さらに精霊に働きかける自然現象を利用した攻撃も効いていない。
「いけない、ゾンビ―やグールならまだしも実体のないアンデッド相手では手がありません」
「何なら効くんだ? マネー」
「……私がまだ授かっていないチカラです。キキー」
「それは、白姫の?」
白いエルフのマネーがコクンとうなづいた。
「とにかくみんな、一ヶ所に集まれ」
エルフたちがひとところに集まる。
アマンの元へ駆け寄ろうとしていたアユミも腕をひかれていく。
今や数えきれないほどのゴーストが宙を舞い、彼らを煽動するよう死神が瘴気をまき散らす。
このフロアを脱出する以外にないと決めたエルフたちだったが、別の通路へとなかなか踏み出せずにいた。
ゴーストに触れられると心が凍てつき恐怖と無気力のないまぜになった感情が押し寄せてくるのだ。
そうなると数秒間の記憶が飛び、行動不能に陥る。
肉体的なダメージよりも精神的な疲労と正気を保つ気力が失われていく感覚があった。
まごまごとうろたえるエルフの集団を、アマンは壁にもたれて見ていた。
胸と背中からおびただしい流血があるが、根性で死なずにいられると思った。
痛みはあまりない。
おそらく感覚がマヒしているのだろう。
死なないだろうとは思っているが、回復するにはそれなりの時間がかかると思う。
いくら不死身といえど瞬時に再生できるほどに超人ではない。
となると今すぐアユミを助けにゴーストの波を分け入っていくのは不可能だ。
「ぐ……」
感覚の薄らいでいる腕を動かし、肩からバックパックをずり下す。
「オレの胴体は穴が開いてんのに」
バックパックは無傷だった。
中は時空が歪む亜空間だ。
物の大小にかまわずなんでも出し入れができる。
刃で傷つかないぐらいで驚くこともない。
アマンは震える手で中身を漁った。
なにか、状況を打開するものはなかっただろうか。
チチカカお手製の爆弾が何発かあったはず。
ここへ来るまでに入手した武具や薬に使えるものはなかっただろうか。
「回復薬でもあれば……」
手が触れたのは丸いゴツゴツとした塊と、それにまとわりついた暖かなモノだった。
爆弾だと思ったアマンはそれを取り出そうと試みる。
こいつを爆破して壁に穴を開けるなりしてこのフロアを脱出できるかもしれない。
しかし力の入らないアマンは取り出すのに手間取った。
「くそ」
血を流しすぎたのか。
視界が少し暗くなった気がした。
バックパックの中で触れていた爆弾から指先が滑る。
そのとき逆にアマンの手首を力強く何かが握り返した。
「ぎょっ」
びっくりしてアマンは素早く手を引っ込める。
こんな力が出るのか、と頭の片隅で思いながらも自分の手と一緒に中から現れたモノに目を見張った。
「ぷはぁっ」
黒い髪に白い肌。
夜空の星々をちりばめたような漆黒のローブを身にまとい、胸にアマンが求めた爆弾を抱えた娘。
「レ、レイッ! なんで?」
バックパックの中から黒姫こと、深谷レイが姿を現した。




