512 アマンと不思議のダンジョンその11 黒ずむ
うっすらと黒いオーラをまとうアマンを前に、四人のエルフは硬直した。
「なに? アイツ?」
「カエル族って魔法とか使うの?」
「わかんないけど、どうする?」
「どうって、きっと虚仮脅しだよ。ハッタリで逃げる気なんだよ」
「なるほど。あり得る」
ひそひそと交わした言葉で四人の目に再び戦意がよみがえった。
アマンを囲むように四人が散らばり構えを取る。
「あんまりにも生意気だからコテンパンにしてやるよ」
正面に立った銀色のエルフが冷たい声で蔑んだ。
「ベロッン」
「ひぃやぁぁぁっ!」
すると突然アマンが長い舌を伸ばして銀色のエルフの頬をひと舐めしてやった。
銀色の彼女は総毛立ちながら悲鳴を上げ、それを目の当たりにした他のエルフたちも身の毛がよだった。
「ゲコゲコゲコ」
腹を抱えて笑うアマンに銀色以外のエルフたちがいきり立つ。
「貴様ッ! 舐めた真似を」
「ああ舐めたよ。ゲココ」
「そ、そうじゃなくて、クソッ! ブッ飛ばす」
藍色と桃色の二人が左右から攻撃してきた。
二人ともにアマンの頭部めがけてミドル気味のハイキックを繰り出す。
藍色の足は前から、桃色の足は後ろから挟み撃ちの形だ。
「よっ」
両手に持っただんびらを盾にして前後の蹴りを防いだ。
「くっ」
「グゥ」
腰を落としたアマンはどっしりとして微動だにしない。
「ゲコッ」
「ひっ」
アマンが舌を伸ばすと前方にいた藍色のエルフが悲鳴を上げて後ずさる。
反転して後方の桃色に斬りかかるとエルフは避けながらカウンター気味にアマンにジャブを入れた。
またしても一瞬頭がクラっとしたが「ガァッ」と肺の空気をすべて吐き出す呼気をほとばしらせて意識を保つ。
「根性でどうとでもなるッ」
「なんて大雑把な奴だッ」
アマンの気迫に怯んだ桃色だったが、機を窺っていた黒色と、気を持ち直した銀色のエルフが攻撃に加わった。
四肢を硬くした銀色の攻撃を避けるも黒色の攻撃はあえて受ける。
「当たった! 恐怖に立ちすくむがいい」
黒色のエルフは快哉を上げるが、アマンは平然と頭を振って首を鳴らす。
「そんな、なぜ恐れない! 闇の精霊シェードは恐怖を司り……」
「精霊よりも強いのが姫神だ」
そう答えたアマンの身体から黒い闇が噴き出した。
同時にアマンの体色にも変化が現れる。
明るい若葉色をしていた皮膚がくすんだ藤色になり、黒瞳はらんらんと金色に輝いた。
戦闘に加わらなかった二人も含め、六人のエルフは我知らず立ちすくんだ。
「ハァッ!」
両手を振って気合をほとばしらせるとエルフたちは悲鳴を上げて吹き飛ばされた。
そして一番近くにいた黒色のエルフの足に伸ばした舌を絡ませると、大きく振り回して反対側に吹き飛んだ銀色のエルフに向かい放る。
激突した二人がもつれ合って倒れた地点めがけ、アマンは両手を振ると地面の土がこぶし大のふたつの塊になって射出される。
その土くれは二人の額にそれぞれヒットすると弾け飛んだ。
二人は打撃によるダメージもさることながら、飛散した土から嫌な臭気をかぎ取り鼻をひくつかせた。
まるで死臭のようだった。
「生命力を吸い取る溶解団子なんだけど、さすがにエルフの寿命は吸い取り切れないか」
被弾したエルフは二人とも倒れたままだが見た目に変わりはない。
レイが撃つ本物の溶解団子なら直撃に耐えられる生命体はいない。
しかしアサインメントでレイの力を借りているに過ぎないアマンではそこまでの破壊力は生み出せなかった。
もちろん生命力豊かなエルフであり、しかも高位のハイ・エルフであることも耐えられた理由であろう。
「これでも喰らえッ! 水撃砲ッ」
勢いほとばしる水流がアマンに撃ち込まれた。
藍色のエルフによる水の攻撃だ。
常人なら立っていることは不可能。
それ以前に衝撃で身体が押し潰されているはずだ。
「カエルに水はご褒美だぜ」
「ッ!」
その水流に逆らうようにアマンは歩を進め、藍色のエルフに剣の間合いまで近付いた。
「止めないんなら斬るけど」
そのままだんびらを大きくかざす。
藍色の目にわずかに恐怖の色が浮かんだ。
アマンのかざしただんびらに二条の熱線がヒットした。
発射地点を見ると戦闘に参加するなと言われていた金色と白色のエルフが銃口を向けていた。
「全員コロスか」
アマンの声は冷たかった。
それはいつものアマンの声ではなかったのだが、当然エルフたちに知りようもなかった。
だが最初の頃より体色が深く黒ずんでいることには気が付いた。
「お、お前は……」
今度こそ藍色のエルフの目に恐怖の色がはっきりと浮かんでいた。
その頭上からだんびらがまっすぐに振り下ろされる。
「アマンッ」
ガツン、という音がして、アマンのだんびらが止められた。
「……」
止めたのは、赤く透き通る炎の模様が施された美しい斧を持ったアユミだった。




