505 アマンと不思議のダンジョンその4 探索
ダストシュートのような暗い穴を滑り落ち、ジャハンナム地下一階へと降り立つと、アマンは唐突に襲撃を受けた。
横っ面を何発も引っぱたかれたのだ。
痛みよりも驚きが勝り、すぐに後方へ下がると身を固めて暗闇に目が慣れるのを待った。
同時に襲撃者の気配を探る。
金属の擦れるような擦過音はすれど、息づかいといった生命の気配は感じられない。
その理由はすぐにわかった。
アマンの前にいたのは奇妙に蠢く大量の硬貨だったのだ。
「這いまわる硬貨か」
意志を持っているのか、操られているのか。
真意は定かではないが、過去にも何度か遭遇したことのある相手なので内心ほっとする。
その安堵が伝わったのか。
硬貨はまるで意を決したかのように動き出した。
それぞれが床から空中へ跳ね上がると、列をなしアマンに向けて突撃を開始した。
迎え撃つアマンは両腰に佩いただんびらを両手に構え、硬貨を一枚ずつ丁寧に叩き落としていった。
床に落ちた硬貨はそれっきり動くことはなく、ほどなくして辺りは静寂を取り戻していた。
「ほとんど銅貨だな。別にいま金を必要とはしていないけど、あぁでもおやっさんには必要かもな」
店の再出発に金は必要だろう。
動かなくなった這いまわる硬貨は財貨でしかない。
中には現在流通しているガル硬貨ではない、より古い時代らしきものも混ざっているが。
「まあこれも戦利品ということで」
台詞とは裏腹に声を弾ませながら硬貨を拾い集めると、ひとまとめにしてバックパックに放り込んだ。
「さてと、どっちへ行こうかな」
入るたびに構造が変わるダンジョンだ。
今回は前と後ろに通路が延びている。
壁も床も石畳で、扉の類いは当面見えない。
アマンは前へと歩き出した。
通路は暗く、静かで、ひたすらにまっすぐ延びている。
通路は思ったより長く続き、最初の内は油断なく歩いていたが、そのうち変化がないことに焦れて段々と大胆に、急ぎ足になっていった。
「反対に行けばよかったか」
今さら戻る気にはなれない。
さりとて今戻れば後で更に後悔しなくて済むかもしれない。
「あと百歩、変化無しなら引き返そう。いち、にぃ、さん……」
さしたる変化はないままに、
「きゅうじゅうきゅう、ひゃぁく…………」
少しだけ振り返る。
「もうあと五十歩だけ」
アマンの性格上、だれていたと言って差し支えない。
緊張がゆるみ、油断していた。
踏み出した足元の床が突然抜けても気付くのに遅れてしまった。
「ッ!」
唐突な落下。
アマンはまっすぐに階下へと落ちていった。
しかしそこは持ち前の反射神経を生かし、柔らかいカエル族特有の膝と足で着地の衝撃を吸収する。
とはいえ動悸は上がっていた。
単純なトラップにきれいにハマったことを反省する。
落ちた先はまたしても前後に伸びる通路だった。
「こんなのばっかりか」
仕方なしに前進を再開する。
先ほどの階とは違い地面はむき出しの土だった。
この階は鉱山のように岩をくりぬき、木材で壁や梁を補強した構造をしていた。
明らかに人工に見えるが、誰かが作ったとするにはここは不思議な場所すぎた。
「いつからあるんだろうな」
そんな疑問もわいてくる。
幸いにして、この階層以降、アマンは分岐と言える通路や小部屋を見て回ることができた。
いくつかの宝箱を開けて、いくつかの戦利品を得て、幾匹もの怪物とも遭遇した。
最も多く戦ったのがやはり屍鬼だ。
人の姿をしているが皮膚はただれ、生気はない。
力は強いが動きは緩慢で油断さえしなければどうということもない。
ただ群れていることが多いのだけは厄介だ。
その他にはアンデッド化した犬頭族や、岩の隙間から染みだすように現れるグリーンスライム、空中を漂いながら向かってきて至近距離で弾ける光の玉に、近付くと動き出す石造の人形など。
六つ、七つ、と見つけた階段を降りるたびに現れる敵の強さも増していった。
地下九階はアマンにとって初めてたどり着いた階層だ。
前回は地下八階で爆散してしまった。
再び周囲は石をくりぬいた構造をしていたが、どことなく湿気が多く、時折水滴が天井からこぼれ落ちてくる。
「カエル族としては悪くないね」
部屋の隅に出来た水溜まりを眺めて呟く。
水は埃がたまり、間違っても口にしたいとは思えないほどに汚れていたが。
この階層を探索していると突然震動が起きた。
水溜まりにも波紋が広がっていく。
しばらくしてまた同じような震動が起きた。
「なんだ?」
震動の原因となる場所を探しに行くことにした。
探索に慣れてきたようで、距離や方向に対する感覚が研ぎ澄まされてきたのを感じる。
こうなると淡々とアイテムを発掘するよりも、何か特殊なイベントが起きないかと行動しがちなのがアマンの特徴である。
震動は尚も発生し、その頻度も間隔も短くなっていた。
「この扉の向こうだ」
石造りの扉があった。
その向こうから震動は今も伝わってくる。
扉の開閉装置はすぐ脇にあった。
警戒心よりも好奇心の強いアマンは早速扉を開けると中に一歩踏み入った。
目の前に巨大な炎が燃え盛っていた。
そこは広々とした玄室で、しかも戦闘が繰り広げられている最中だった。
首を小脇に抱えた鎧騎士が何体もいた。
首無し騎士という不死の怪物だ。
デュラハンは各々が鎖付きの鉄球を振り回し、ひとりの娘に対し集団で襲い掛かっていた。
その娘は驚くことに羽が生え、尻尾が生え、自在に炎を操っていた。
アマンは目を疑った。
「ア、アユミッ!」
「えっ? ア、アマン! なんで」
そこで戦っていたのは紅姫こと柿野間アユミだった。




