502 アマンと不思議のダンジョンその1 宝箱の罠
重たい闇がわだかまる、暗い石畳の廻廊を、アマンは走っていた。
背後から追いすがる、ヒタヒタと湿った足音の追跡者たちから距離をとるため必死だった。
走り続けると左側に扉の外れた部屋の入り口が目についた。
アマンはカエル族さながらの脚力を発揮し、右足で壁を大きく蹴り込むと反動で左に開いた部屋の中へと飛び込んだ。
床上で回転しながら入り口に向き合うよう体勢を整えると右手に意識と力を注ぐ。
ほどなく追跡者たちの姿が入口に現れた。
「くらえッ! 闇の刃ッ」
右手を払うと入口に殺到していた屍鬼どもに出現した黒く薄い刃が突き刺さる。
数体まとめて串刺しになった屍鬼はノロノロとした動きで身悶えるも倒れる気配はない。
「くそ、やっぱここの奴らに闇系術技は効果薄いか」
とはいえひと息つく。
黒い刃で身体が連結した屍鬼たちは横幅の狭いこの入口から入ってこれず、その場で右往左往するばかりだった。
彼らには人並みの知能すらないようで、ただ闇雲に生者の肉を求めてしつこく襲い掛かってくるのであった。
アマンは背中のバックパックから火口箱と爆弾をひとつ取り出すと導火線に火をつけて入口へと転がした。
耳を塞ぎながら縮こまる。
衝撃、爆発音と同時に飛び散った屍鬼の腐肉や内臓、四肢、骨のかけらがアマンの周囲に跳ねた。
「気持ちワル」
立ち上がると肉の焦げる匂いと埃の舞う部屋を見回す。
暗い部屋の中で目を凝らす。
いま闇の力をレイから分け与えられているアマンには、暗闇でも昼間のように見渡せる暗視の力が備わっていた。
本人は知るよしもないが、彼の生来の黒瞳は、目を凝らせば凝らすほどに怪しく金色に瞬いた。
「おっ」
そのアマンの目が輝いた。
瓦礫と共に頑丈そうな宝箱が部屋の奥に置かれていた。
そろりと宝箱に近寄ると、まずは周囲をぐるりと一周する。
箱は鉄製で、ところどころ錆てはいるが蓋はきっちりと閉じている。
軽く持ち上げてみるが鍵がかかっていて開かない。
鍵穴は箱の正面にひとつ。
単純なもので自前のシーフツールで解錠できそうだ。
箱の前に膝をつくともう一度火口箱から一本マッチに火をつける。
ほのかな明かりを頼りに鍵穴を改める。
「おぉっと、罠だった」
鍵穴の真上、箱と蓋の隙間から仕掛けがあるのを発見した。
中で三本の細い糸が上下にピンと張っている。
気付かずに蓋を開ければ糸が切れて仕掛けが作動する仕組みだ。
「トラップはなんだろう? ボウガンか、爆発は……ないよな」
爆薬が仕掛けてあるなら木製の箱にするはずだ。
その方が殺傷力が高くなる。
アマンは刃の薄いナイフを隙間に差し入れ三本の紐を切った。
そして少し離れてジッと待つ。
おそらく毒液の噴射かガスだと思った。
紐が切れると中に吊るされた重石が落ちて毒液の入った袋を破く。
開けた者に向けて噴射するか空気に反応して拡散するか。
鉄の箱に錆が浮いているのはその毒液のせいかもしれない。
なんにしても期待値が上がる。
爆発系のトラップではないということは、壊れては困るアイテムが入っているかもしれないからだ。
たっぷり十分は待ってから箱に近づく。
一分程度で鍵を外すといそいそと蓋を開いた。
プツン!
その瞬間、糸の切れる音がした。
「ゲッ、四本目ッ!」
三本の紐とは離れた位置にもう一本あった。
先の尖った金槌が、振り子の動きで側面に張り付いた袋に穴を空けた。
透明の液体が溢れると即座に空気中へと拡散されていく。
「ゲコッ! 神経系かッ」
口許を手で覆うが間に合わない。
急激に全身が弛緩したアマンは舌を出して仰向けに伸びた。
「ハッ、ハッ、ハッ」
廻廊から多くの気配が寄ってくる。
ヒタヒタとした屍鬼とは違う足音。
獣の爪がカチャカチャと床を引っ掻く音だ。
ほどなくして入口から全身の肉を腐らせた動物の死骸の群れが入ってきた。
ゾンビの癖に生肉を好む汚らわしい獣たちだ。
「ああ、ヤバい」
痺れて動けないアマンに無情にも獣たちが群がった。
腕や足、肩や腹と、至るところに牙と爪を立てられる。
もはやどこが痛いのかも判然とせず、アマンは他人事のように、もしかしたら痛覚まで痺れているのかもしれないな、と思った。
それでも諦めず、必死に身をよじると、背中からゴロンと爆弾がひとつ転がり出た。
目線を上げれば火口箱が宝箱のそばに落ちている。
まだ指先がマッチを擦れる。
運よく導火線はその間近にある。
「食われるよりはいいよな」
火が導火線に引火した。
獣の一匹がその爆弾にも食らいつき、無様にも顎の肉ごと牙がこそげ落ちた。
もう気は済んだろうとでも言いたげに、その爆弾は火花を散らし破裂した。
大きな爆発音、それと共に震動が収まると、その後、この部屋の中で動く気配は一切なにもなくなった。




