005 少女、カエルにバカだと思われる
汗が張り付く不快感と、ゲコゲコ五月蠅い鳴き声で、少女は重たいまぶたをゆっくりと開けた。
最初に違和感を覚えたのは、砕けた石の破片が散乱する地面で自分が寝ていたことだった。
あれ? どうしてだろう?
なんで私、地面で寝ていたんだろう?
視界に自分の履いたローファーと、少し土で汚れてしまった制服のスカートが映る。
ここ、どこ?
家じゃない……。
まるで、山の中にいるみたい。
それにさっきからゲコゲコとカエルかな、鳴き声が聞こえる。
都会で暮らす自分には想像もつかなかった。
田舎の山の中がこんなにも騒々しいなんて。
待って。なんで田舎にいるの?
私寝る前なにしてたんだっけ?
たしか、学校から帰宅途中だったような……それで神社の境内で……光に包まれて……。
とにかく身を起こそうと顔を上げた瞬間だった。
「ひゃあぁぁぁッッッ」
考えるより先に悲鳴を上げてしまった。
無理もない。
意識が朦朧としていた自分を囲むようにして、不思議な生物がゲコゲコと喚き散らしていたのだから。
カ、カエル?
それはあえて近い生物を挙げるならばカエルだった。
小学生ぐらい大きなカエル。
服も着てる。
帽子もかぶってる。
あ、一匹だけクツまで履いてる。
カエル?
カエル人間?
さ、三匹もいる……。
突然の少し高い声で発せられた悲鳴に、三匹は喧々諤々とした意見交換を中断した。
腕組みをして唸っていたウシツノがその様子を見て口を開く。
「おい、そのニンゲン? 怯えているんじゃないのか? いまの悲鳴に聞こえたぞ」
アマンが信じられないといった顔をする。
「まさか! ウシツノの旦那は知らないようだが、そもそもニンゲンというのは強欲で、その上ずる賢く、他種族に対して常に威張り散らすような奴らなんだぞ。吟遊詩人がそう歌っていたからな。マラガで聴いたんだ」
「それは偏見が過ぎますよ。それよりまずは彼女に事情を聴くべきでしょう。まさかこんなことになるなんて」
アカメの感想はアマンもウシツノも同意見だった。
三匹とも白光現象の調査に来ただけだった。
何もないと高をくくっていた。
それがまさか、この地では珍しい種族、ほぼ目にする機会のないニンゲンが、それもなんとも美しい白い剣と共に眠っていたのである。
なんとなくだが、すでにそれぞれの胸には畏敬の念が生じていた。
「さて、そうはいってもまずどうしたものか」
長老の息子として、まずは自分が率先せねば、とウシツノが思案を巡らせるていると、機先を制してアマンがニンゲンに話しかけていた。
「おい。お前ニンゲンだろ? ここでなにしてるんだ?」
好奇心を抑えられなかったが、それでも用心のため腰のだんびらに指は掛けている。
「……」
しばらく返答を待ってみるが少女からの返事は来ない。
目をぱちくりさせるだけで、声すら出てこない。
「お、おい、聞いてんだろ? 答えろよ」
「だめですよアマンさん。我々の言葉で話しても。せめて西方語をお使いなさい」
「あ、ああそうか」
カエル族にはフロッ語という独自の種族言語がある。
それはカエル族だけではない。
この世界に住まうすべての知的種族には、それぞれの種族言語が存在する。
しかし当然だが、他種族との意思伝達にはより利便性の高い公用語も存在する。
ある程度の知性がある者ならば、それらを当然のように駆使する。
この地域で広く使われているのは西方語だ。
世界に二つある大きな大陸のひとつ、ここ西の辺境大陸で最も通用する言葉である。
いかに辺境のカザロ村といえども、外部との交流が全くないわけではない。
そこで彼らも一般教養としてこの西方語は修めている。
まあ多少のカエル訛りは仕方ないところだが。
「よ、よし。いくぞ」
アマンは改めて少女に問いただした。
2020年6月27日 挿絵を挿入しました