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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: あずえむ
第六章 英雄・奇譚編

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468 自由騎士タイランその1 砂漠の果て

挿絵(By みてみん)


 だいぶくたびれた木製の乗り合い馬車が、乾いた空気に砂塵を巻き上げながらガタガタと荒れた道を走っていた。


 左には赤茶けた岩山がそびえ、右には緑色の砂を含んだ美しい砂漠を望む。

 道とは言えど土を踏み固めて体裁を整えたにすぎないひどく荒れた道だった。

 旅慣れない者なら十分ともたない乗り心地である。

 そのため馬車を牽く四頭の馬はことさらにゆっくりと歩を進めた。


 それでも景色は素晴らしかった。

 果てしなく続く紺碧の空の下、草木の生えない砂漠であるが、緑砂の色がその事実を一瞬忘れさせる。

 遠くを見ればまるで緑の平原と何ら変わらないようだった。


「ここいらの緑砂は王都周辺よりも緑が濃いようだ」


 後方の座席に腰を落ち着けたまま、しばらく呆っと外を眺めていた客のひとりが呟いた。

 十人程度が乗る馬車である。

 そのうちの八人は揃いの白い絹の長衣(ローブ)をまとった女性たちである。

 もうひとりは剣と鎧で武装した女性。

 そして先程のつぶやきの主、彼だけは他の乗客たちとは違い、ひとりだけ亜人だった。

 鳥人族(バードマン)である。

 くたびれた旅装束にくたびれた靴を履き、くたびれたツバ広の羽根つき帽子をかぶっている。

 そのどれもが赤い。

 腰に佩いた細剣(レイピア)は、赤く染めた鹿革を柄に巻き付け、サエーワの葉を模した精霊銀(ミスリル)製の柄頭が付いている。

 刀身はこれまた紅い獣皮に覆われた鞘に隠れて見えないが、柄(ごしら)えだけを見ても立派である。

 旅の剣士という出で立ちなのは一目瞭然ではあるが、腰に佩いたその剣だけは高貴な者の持ち物にしか見えなかった。


「あんた、ここら辺は初めてだろう? 磁気嵐の影響を受けるこの地で鳥人族(バードマン)なんて見かけないからねえ」


 赤い旅人の左側から老婆が声をかけた。


「ちょっとお母さん」

「大丈夫さね。この人は悪い人じゃないよ。だろう?」


 老婆は諫める娘に微笑みながら赤い旅人に問いかけた。


「そうあろうと努めています」


 できるだけ柔和な印象を与えられるように返答した。

 老婆は優しい目で微笑んだが、娘の方はまだ警戒しているようだった。


 無理もない、と旅人は思う。

 エスメラルダ王国内の巡礼者向け乗り合い馬車に、素性の知れぬ旅の剣士が乗り合わせたのだ。

 警戒してしかるべきである。

 事実、これまで半日以上この馬車に揺られていたが、口を聞いたのはこの老婆が初めてであった。

 揃いの白い長衣(ローブ)を着た女性たちは年齢は様々だがみなこの国の国教であるサキュラ正教の巡礼者だ。

 今走っているのはエスメラルダ王国の東の端である。

 この馬車は王国の領内をいくつも走る巡礼者向けの乗り合い馬車なのだ。

 彼女たちは王都エンシェントリーフにあるサキュラ教の総本山、オールドベリル大神殿からの帰りであった。

 旅程としては砂漠用の馬車を乗り継いで一週間を費やす。

 赤い旅人が同乗を許可されたのは今朝のこと。

 八人の巡礼者からすれば突然の得体の知れぬ同乗者に心を閉ざしたとしても詮無きことである。


「だと思ったよ。でなければ翡翠の騎士様があんたを乗せるはずがないもの」


 馬車には護衛の騎士がひとり同乗している。

 エスメラルダの誇る翡翠の星騎士団に所属する騎士だ。

 国民の九割を女性で占めるエスメラルダでは、当然騎士も女性ばかりとなる。

 しかしその精強さは国内外に轟く。

 下手に国教たるサキュラ正教の巡礼者を襲うことは取り返しのつかない後悔を伴う。

 その評判は知れ渡っており、おいそれと手を出す輩はそうそういないのだ。


「それにわたしゃ見てたよ」


 そう言って老婆が旅人の腰にある剣を指差す。


「その剣を見てあの騎士、ずいぶんとアンタに(かしこ)まってたじゃないさ。もしかしてアンタ、どこぞの王族なんてんじゃあ」

「そうではない。だがあの者は少し、大袈裟だな」


 旅人は苦笑交じりに老婆に答えた。


「ふふ、まあいいさね。この辺の緑砂が濃いのはね、ほら、反対側」


 老婆が砂漠と反対側にそびえる岩山を指す。


「このディバマンド山の向こう側もね、砂漠なんだが……あっちは浮遊石地帯なんじゃよ。それはそれは大小たくさんの岩が宙に浮いてる不思議な所さ。そこでは浮遊石嵐(ガム・デ・ガレ)と共にジンユイという巨大な飛行魚もいてね。そいつらの砂吹きが風に乗ってこっちにまで飛んでくるんだよ」

「ジンユイは緑砂を吸い込んで体内で結晶化させるんです。それはとっても綺麗でドワーフたちが細工物として加工するんです」

「それは知っているよ。知り合いに元ハンターがいるのでね」


 娘の方にも微笑みを返しながら、旅人は猿人族(ショウジョウ)がリーダーを務める元ハンターの一行(パーティ)のことを思い出していた。


 しばらくの間、母娘と旅人がとりとめのない会話を交わしていると、やがて馬車がゆっくりと停車した。

 周囲には集落どころか建物ひとつ見当たらない。

 砂漠と岩山の間にポツンと一本の柱が立っているだけだ。

 その柱には小さな看板が打ち付けてあるが、書かれている文字はとうの昔に擦りきれて今は読めない。


「タイラン様。到着しました」


 女騎士が(うやうや)しい態度で旅人に声をかけた。


「おや、こんなところで降りるのかい? ここで降りるということは行き先は」

「そうです。山を抜け、浮遊石地帯も抜けた先です」


 その先には五氏族連合(フィフス)という五つの種族が共同統治する地域がある。

 そこは今しがた思い出していた元ハンターたちの故郷でもある。


「あぁそれでかい。納得したよ。なんであんたみたいな鳥人族(バードマン)がわざわざ馬車で移動しているのか」


 浮遊石嵐(ガム・デ・ガレ)の中を飛ぶのは自殺行為に等しい。

 この地では翼ある者も地上を旅するのだ。

 馬車を降りたのは赤い鳥の旅人だけだった。


「山道の途中にひとつ小さな宿場町があるよ。一応向こう側へ抜ける旅人が全くいないわけでもないからね。ただそこの太守はあまりいい評判を聞かないから気をつけなね」

「ご忠告、感謝します。お達者で」


 手を振る母娘と一礼する女騎士を乗せた馬車が走り去ると、赤い旅人はひとりディバマントの山道に踏み入った。


2025年5月11日 挿絵を挿入しました。

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