465 アカメの冒険その10 喧嘩を売る相手
奥の建物はアークライズ卿の執務室のようだ。
促されたアカメが先に入ると、卿は後から入り、扉の前で仁王立ちした。
それに構わずアカメは先ほどの続きを話し出す。
「あの朝、貴方は目の前にホワイト・ランがいることに驚きました。何故ここに居るのか。手綱を掴むとすぐにホラズム卿の厩舎へ連れていこうとしましたね。ですが咄嗟に逡巡してしまった。もしこの馬がいなくなれば、自分の馬が来週の馬上槍試合で一番人気になる」
「…………」
「しばらく悩みました。おそらく三本はタバコを吸ったはずです。その結果、貴方は馬をご自分の厩舎に連れ帰った」
「見ていたのか。そうか……見ていたんだな」
アカメは肩をすくめて見せる。
アークライズ卿の顔はこれ以上ないほどに赤くなった。
「まさか見られていたとはな。人の目を気にはしていたが、亜人にまでは注意が足りなかったらしい」
バシッ、と鞭を壁に打つ。
「だがノコノコとやって来るとは愚かだ。無事に帰れると思うか。貴様の連れの……」
「外を御覧なさい」
「なに」
部屋の窓から外を見る。
「な、なんだとッ」
「彼女を甘く見ましたね」
窓の外には四本の足で大地を踏みしめ、白い柄の槍を捧げ持ったハクニーが周囲を睥睨していた。
辺りにはボコボコにされた筋肉自慢の男たちが横たわっている。
「ハクニーは国内のケンタウロス族を束ねる、槍の穂先一族の姫君ですよ。現当主に何かあれば、すぐさま代わって一族を率いる身です。その辺のあらくれどもが勝てる相手ではありませんよ」
「ばかな……」
目を剥くアークライズ卿にアカメは憐憫の眼差しを向ける。
「しかしこれは大問題ですね。彼女の兄君はハイランド執政官を務めるベルジャンですよ。これは烈火の如くお怒りになる。妹君が襲われたとなれば」
先程までの赤い顔が一気に蒼ざめていくのがわかる。
「……ま、ままま、待ってくれ」
「辺境のいち諸侯に過ぎない貴方が、まさかケンタウロス族全体を相手に矛を向けるとは、いやはや。勝ち目はあるのですか?」
「そ、そんなつもりはない! わ、わかった。何でも言う通りにする! だから……」
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ハクニーが待つこと二十分ばかし。
外に出てきたアカメの後ろをアークライズ卿が追う形で戻ってきた。
部屋に入る以前と今では大袈裟なまでに卿の態度が違う。
「そ、それでは聖賢者様。万事、お言いつけ通りに致しますので」
「頼みましたよ。ひとつも間違いのないようにしてくださいね」
「は、はい。それはもう」
恐縮しながら右手を差し出すアークライズ卿のことは無視して、アカメはハクニーを連れ厩舎をあとにした。
荒れ地はすでに日が沈み、とうに薄闇に覆われ始めていた。
「ちょっとアカメ。私襲われたんですけど」
「別に心配はしていませんでした。ケンタウロスの貴女なら狭い部屋より外の方が戦いやすいと思いましたので」
「あー! なにそれ、予想通りってこと? ひっどぉい」
「貴女はシオリさんを慰める為だけにいるわけではありません。私は貴女の武勇にも意外と頼りにしているのですよ」
「アカメ……」
「ええ」
「意外と、は余計だよ」
「これは失礼」
ひとしきり二人は笑いあった。
「あの人と何を約束したの? ホワイト・ランは?」
「それはほぼ解決です。ですがすぐに連れて帰る必要もないと思いましてね。気付いているでしょうが、ホラズム卿はあまり私を信頼してはいないようなので、少しおちょくってやろうかと思います。ゲコゲコ」
「ああ、ね」
イタズラを楽しむ笑いを見せた後、少し真面目な顔になる。
「ニンゲンの国特有の差別意識が働いているのでしょう。この国は亜人が少ないですからね」
「でもさっきの奴は信用しちゃっていいの?」
「平気です。相手が明らかに自分を上回る力を持っているとわかれば必死にへりくだろうとする。狡猾でズル賢い男ですが、それだけに読みやすいです」
「うへぇ。やな奴だね」
「裏切れば身の破滅は必定、そう思い知らせておきましたから。ですが馬に対しては誠実なようなので、その点は信頼していいでしょう」
「そっか」
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「ドワーフはまだ否認しているのかね? ディエイくん」
「ええ。なかなかに強情な奴でして」
「やはり来週の馬上槍試合、ホワイト・ランの出場は取り消すしかないか」
「いやいや、その必要はありませんよ。ホラズム卿閣下」
アカメとハクニーが戻ると、ホラズム卿とディエイ隊長は進展のない事件について話しているところであった。
「これは聖賢者殿。お早いお戻りで」
「荒れ地はどうでしたか?」
「実に素晴らしい眺めでした。最近は部屋にこもってばかりでしたので、久々に美味しい空気も吸えましたよ」
「それはそれは。で、今後の捜索活動については如何様に?」
「そのことですが、私とハクニーさんは今夜のうちにカレドニアへ引き上げます」
「え? 引き上げる?」
驚いたディエイ隊長の横でホラズム卿が笑い出す。
「ハ、ハハハ。お手上げですか! ではキーヴィス殺人もディエイくんの見解を認めるということだね」
嘲るようなホラズム卿の声だ。
「そうですね。そちらに関しても来週の馬上槍試合の頃にはご報告いたしましょう。隊長、キーヴィスの写真か似顔絵をお借りしても?」
「ええ、どうぞ」
「どうも。あ、ドワーフの彼にはこれ以上の尋問は必要ありませんよ」
「ですが……」
「いいですね。命令しましたよ」
「……はい」
「ではおふた方、馬車を待たせていますので、また来週お会いいたしましょう」
アカメとハクニーが出ていくと二人は目を合わせて嘆息した。
「やれやれ。所詮はカエル。聖賢者などともったいない」
「しかし彼は救国の英雄です。助言は受け入れるべきかと」
「何か進展はあったかね?」
「とりあえず来週のホワイト・ラン出場は保証してくれました」
「だといいがね……」
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「アカメェ。馬車来てるよぉ」
「少々お待ちを」
厩舎の外れに羊を囲った柵があった。
その傍らに調教師がひとりいる。
たしかナブという名だった。
「この羊たちの世話をしているのは?」
「オレです」
「ここ最近、何か変わったことはありませんでしたか?」
ナブは少し考えるとすぐに返答した。
「そういえば三匹ばかり足を引きずっていました」
「ふ、ふふ。あぁ、失敬。ありがとうございました」
「なに笑ってるのアカメ?」
馬車に乗り込んだアカメの笑顔にハクニーが突っ込む。
「私の仮説が大当たりのようなので、つい。ああ、ディエイ隊長」
見送りに現れた隊長に声をかける。
「羊たちの間に疫病が流行っているようです。注意しておいてください」
「それは重要なことですか?」
「極めて重要です」
「他にも何かありますか?」
「そうですね。事件当夜の犬の行動に気を付けてください」
「フリーというあの番犬? ですがあの犬はなにもしてません」
「だからですよ。行って下さい」
隊長が見送る前でガタゴトと走り出した馬車は、アカメとハクニーを乗せ平原の夜陰に消え去った。




