462 アカメの冒険その7 夕暮れの想像
足元をキョロキョロしながら歩くアカメを、しばらくの間ハクニーはじっと見ていた。
やがてアカメはかがみこむと地面に馬の蹄鉄をあてがい、考え事を始めたのか、それきり動かなくなった。
「ねえ、アカメ?」
邪魔だと知りつつハクニーは動かないカエルに声をかけた。
「なんです?」
こちらを見ずに返事をするアカメにハクニーの気持ちは一段と沈んだ。
「なにがあったの?」
「状況証拠は明らかです。今私たちがまずすべき事はホワイト・ランの……」
「そうじゃなくて!」
少しイラついた声で遮った。
今日のアカメの態度は思いやりがない。
いや、それはもう今日に限ったことではない。
いつからだろうか。
「ひとつき前の事だよ」
墜ちた宮殿へシオリと行ったときだ。
あれ以来、それまでのアカメと何かが変わってしまったように感じていた。
「あれっきりシオリは帰ってこないし、アカメは部屋に閉じこもったままだったし。もうそろそろ聞いてもいいでしょ?」
ハクニーはシオリにとって、もっとも親しい間柄である。
心配していないはずがない。
むしろひとつきもの間、よく感情を抑えていられたものだ。
だがそれもそろそろ限界が来た。
こうしてアカメと二人で話をする機会も久しぶりである。
絶好の機会と思えた。
ミゾレ・カナン嬢の計らいだったのか、と今になって思い当たった。
「何があったの?」
「そうですね」
ようやくアカメがハクニーの方を向いた。
少し肩が落ちているように見える。
力が抜けたのだろうか。
「あなたには話してもよいかもしれませんね。ですが知ること自体があなたを危険に巻き込むかもしれません」
「そんなの今さらだよ。あの獣神ガトゥリンとだって戦ったんだよ」
「そのガトゥリンを生み出した者との戦いなのです」
「え」
「敵は神。それもおそらくはこの世界を創りし創造神です」
「創造神?」
「はて。あれはなんだったのか。正直今でもなにも理解が追いついていません」
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数分間、アカメの話す言葉をハクニーはただただ黙って聞いていた。
シャマンたちと黒革の魔女に導かれて向かった浮遊要塞。
囚われていた金姫と桃姫。
百獣の蛮神ズァ。
そして大いなる存在なるモノ。
脱出は唐突だったこと。
黒い門をくぐり、元の世界、地上へたどり着くと、アカメは金姫を連れたシャマンたちと別れ、ひとり帰途についた。
それからはハクニーも知っている通りだ。
カレドニアに戻ったアカメは最低限の公務をこなしながらも一歩も自室からは出てこなかった。
何をしていたのかと問うと、
「本を読んでいました」
そうアカメは答えた。
「あらゆる本です。どこに、なにが、攻略の糸口になるか知れませんから」
歴史、戦史、科学、化学、物理、地学、錬金術。
絵画に彫刻、詩歌に音楽と美術に関わる本まで目を通した。
「あとは民俗学に言語学。魔物図鑑や料理のレシピ本まで手当たり次第に読みふけってました」
「ス、スゴいけどさ、なんかとりとめのない感じだね……」
「まあ、特に気になったのはこれですけどね」
アカメがいつも背負っているバックパックから一冊出してみせてくれた。
「天文学?」
「ええ、まあ」
さっさと仕舞ってしまう。
「ですがゴールに向かっている感じはしませんでした。もちろん新たな知識は得ましたし、既知の事柄についても更なる深化が得られましたので無為ではありませんが」
「ゴールって、どこにあるの?」
アカメの目はハクニーの背後に向く。
その目は遠くを見ていた。
方角は、南だろうか。
「そろそろ、直接出向いてみる時期かもしれませんね」
「どこに……」
そのハクニーの問いにはアカメは答えてくれなかった。
「さて、お話はこれぐらいにして。では当面のお仕事に戻りましょう」
パン、と両手を叩いてアカメはこの話を打ち切った。
「う、うん」
「とはいえこの程度の事件、そう時間をかけることもありませんが」
「アカメにはもう全部わかってるの?」
「全てとは言えません。まだ細かなディテールを詰めていかなければ。ですがまず私たちがすべき事は失踪中のホワイト・ラン捜索です」
「殺人は?」
「馬がみつかれば全て解決します。そのために必要なことは」
「必要なことは?」
アカメの答えをじっと待つ。
「想像力です」
「想像?」
「そうです。状況を検分し、ありのまま、起きたことだけを繋いで想像するのです。ここにホワイト・ランの足跡があります」
アカメの足元には隣に置いた蹄鉄と同じに見える跡が地面にあった。
「本当だ」
「ですがこの周りにキーヴィスの足跡はありません。もちろんドワーフのもです。あちらの殺害現場にはもちろんキーヴィスの足跡はありました。死体もありましたがね」
「アカメ、盗賊みたいだね」
「少しだけ手解きを受けましたよ。メインクーンさんに。おかげで犯罪捜査に役立っています」
少しだけアカメの口許に笑みがこぼれた。
「ではここからは想像です。雨の降る深夜、ひとりきりとなったホワイト・ランはどうなりましたか」
「この高原を彷徨ってる?」
「それならばとっくに、あのディエイ隊長でも発見しているでしょう」
「モンスターに襲われた?」
「なくはありませんが、この辺り一帯でそんなに獰猛なモンスターの報告は来ていません。たいした護衛をつけずとも、こうしてほっつき歩ける程度には安全ですね。ちなみに野党の群れもないでしょう。この辺は奪う村落もありませんし、唯一とも言える厩舎は盗賊ギルドも金づるとしてみています。下手に手を出してもメリットがありません」
「捕まえて売っちゃうとかさ」
「売れませんよ。有名すぎてね」
ハクニーは頭を抱えてしまった。
「そう難しく考える必要はありません。馬は群居性の高い動物です。ひとりでいるより群れたがるはず。この辺りで馬が多くいるのはどこですか?」
「ホラズム卿の厩舎か、もしくは」
アカメが少し離れた位置にもある、ホワイト・ランの足跡を指し示す。
そしてさらにその先へと指を差す。
「あっちは確か、アークライズ卿の? でも調べてもなにもなかったって」
「まあ、とりあえず行ってみましょうか」
暮れ始めた荒れ地での捜索を開始した。




