460 アカメの冒険その5 深海色のドレス
ディエイ隊長はテーブルの上に鉛でできた金属製の小箱を置くと、上着のポケットから小さな鍵を取り出し蓋を開けた。
手際よく箱の中身をテーブルの上に並べていく。
蝋マッチが一箱。
五センチ程度の獣脂ろうそくが一本。
使い古されたパイプがひとつに、長刻みのエディンブエラ・タバコが入った海豹皮のシガーケース。
金鎖のついた銀時計。
五百ガル程度のコインが数枚。
しわくちゃになった書き付けが二つ三つ。
「そしてこれがキーヴィス氏が握っていたナイフですか。たしかにとても変わっています」
非常に細く、鋭利な尖端をしている。
野蛮というより繊細な印象を持たせる。
「この形のナイフは見たことがあります。ハクニーさん、思い出せますか?」
「えー、わかんないよ」
「ドクターダンテの診察室ですよ。彼の机の上にいくつもありました」
今はジルゴ・アダイという本名に戻し、貴族階級に返り咲いたが、かつてはカレドニアのスラムで盗賊相手の闇医者をしていた。
「そうだっけ?」
「これは外科手術用のメスです。それも繊細な施術に向いている。見回りに持っていく護身用としては適していません」
「そのナイフは何日も前から部屋にあったそうです。とりあえず手近にあったそれを掴んで出たとは思えませんか?」
「それはありえますね」
隊長の言葉にアカメは特に反論しなかった。
「その紙はなぁに?」
ハクニーが折りたたまれた書き付けを指す。
アカメは開いて中身を改める。
「これはこの厩舎宛ての干し草の請求書ですね。キーヴィス氏のサインもあります。こっちはホラズム卿から業務に関する指示が書かれたメモ書きのようです。そしてこれは……」
「カレドニアの妖精通りにあるレディ・ヘルメスという仕立屋から、ヒル・スローヴァーに宛てた八七〇〇ガルの請求書です」
中身を知っている隊長が代わりに答える。
事件に関係なさそうなことに時間を割きたくないらしく、やや早口でまくし立てた。
「ヒル・スローヴァー?」
「細君が言うにはキーヴィスの古い友人らしく、彼宛の手紙がたまにここに届くことがあったそうです」
「請求書まで?」
「キーヴィスなる人物は面倒見の良い男だったそうで。友人の代金を肩代わりすることもあったとのことです」
ハクニーの質問に答える隊長も、理解できないが、という表情をしている。
「だとすればそのヒル・スローヴァーの奥方は大層なご婦人ですね。ドレス一着にこのような金額を掛けるとは」
そう言うや、見るものは見たと言わんばかりにアカメは席を立つ。
「では続けて、キーヴィス氏の死体発見現場を見に行きましょう」
どやどやと厩舎を出て行こうとしている時だった。
「衛士さんッ」
だいぶやつれた風貌をした女が、だが掴みかからんとする勢いでディエイ隊長の腕にしがみついてきた。
「夫を殺した犯人は、あのドワーフは白状しまして?」
「いえ、まだです。ですが聖都からこうして聖賢者殿がお見えになってくださいました。解決に向けて我々も全力を出すつもりです」
「聖賢者?」
キーヴィス夫人はアカメを見てからハクニーを見て、そしてもう一度アカメを見た。
「聖賢者? この方が?」
「いやいやお久しぶりです。またお会いできて光栄ですよ、夫人」
「はい?」
アカメがニコニコと話しかけた。
「いつぞやの晩餐会でお会いしましたね」
「いえ、そのような。見間違いでは」
「確かにお見かけしましたよ。ドレープの効いた深海色のドレスに虹孔雀の羽根をあしらった帽子を被っておいででした」
「わたくし、そのようなドレスなど持っておりません」
「そうですか。ではおそらく人違いですね」
くるりと背を向けて出ていくアカメをハクニーが追いかける。
夫人の困惑気味の視線を意識しつつ「大丈夫です」と手振りだけで落ち着かせ、ディエイ隊長も遅れじと後を追った。




