456 アカメの冒険その1 引きこもり
赤ん坊のはしゃぐ声が、宮殿内の静かな庭園を幸せな空間に彩っていた。
パフの効いた白いワンピースに長い黒髪のコントラストが映える、ミゾレ・カナン嬢の膝上で青い産着の赤子が笑っていた。
「すごぉい。泣き止んだ」
覗き込むように屈んだハクニーが感心する。
その後ろで乳母の女も目を見張っていた。
赤子は色とりどりの丸い小石を繋ぎ合わせたハクニーの首飾りを掴んで引っ張る。
「いたた。やぁん、引っ張らないで」
「ふふ。いずれ上に立つべき殿方がいつまでも泣いていてはいけないもの。ね、ゼイムス」
赤子の名はゼイムス二世。
ハイランドの二つ前の王ブロッソ・ウオーレンス最後の遺児である。
神経質が服を着たような父親とは違い、このゼイムスは元気に育っている。
国全体を襲った獣神との戦いも無事にやり過ごせた強運の赤子なのだ。
「運も王には欠かせない資質ですのよ」
とはいえすでに王政を廃したハイランドだ。
この子の将来は自由である。
「ところで、聖賢者殿は今日もお部屋にお引きこもりですの?」
顔を上げたミゾレが話題を変えた。
「アカメ? そうじゃないかな? 知らないけど」
ここにいないカエル族の話になると、ハクニーの顔が硬くなった。
目聡いミゾレが見逃すはずもない。
「ふぅ、まだ怒ってるの? らしくないですわね」
「だってぇ」
ハクニーがふくれっ面になる。
ひと月ほど前、アカメとシオリが墜ちた宮殿へと向かった。
ハクニーがそれを知ったのは翌日の事。
それもギワラが教えてくれたのだ。
「シャマンさんたちと門を越えて行ってしまいました。ですが約束の時間を過ぎても戻らないので、現在遺跡の最奥は我々で封鎖しています」
「ええええッ」
シオリが戻らないことに不安を感じたが、何より自分に声も掛けずにシオリだけを連れ出したアカメが許せなかった。
それから一週間。
疲れた様子のアカメがひとりだけで戻ってきた。
何処へ行っていたのか?
何があったのか?
みんなの疑問にアカメの回答は実にシンプルだった。
「荒神と創造神を相手にしてきました。金姫と桃姫を救出できましたよ」
「救出? なら朗報なのだな」
レーム卿の言にアカメはしばらく沈黙し、「どうでしょう」と呟き押し黙った。
それよりハクニーが気にするのはシオリだけだ。
シオリの姿はなかった。
「無事です。私がそうなのだから、おそらく」
それだけ言ってアカメは自室へと引っ込んでしまった。
それ以上の追及も憚られるぐらいであった。
シオリが無事という確証がない、アカメの推測でしかない報告にハクニーはいきり立った。
それから二十日。
アカメは公務もそこそこに、ずっと何かを調べている風だった。
「そうね。彼にしては珍しく、打ちひしがれているようですわね」
「切り替えの早さが長所の癖にさ」
「何か調べることの手懸かりを掴んだのかもしれませんけど、それにしてもこのままでは体を壊しますわね」
食事も睡眠もそこそこに、部屋に籠っては運動もままならない。
意欲があろうと身体が音をあげてしまうだろう。
「丁度いいですわ。昨日出た問題を彼に解決してもらいましょう」
「なにそれ?」
「ホラズム卿の領地でちょっとした事件が起きたの。……そうですわね。ハクニー、あなたも同行して」
「えー」
いつシオリが戻るかもわからないのに、カレドニアを離れたくなかった。
「何処なの?」
「ドーノッホよ。北へ、馬車なら一日かからないですわ」
「でもなんで」
正直アカメと今二人では居心地が悪い。
「ケンタウロス族のあなたの見解がきっと役に立つと思うの」
「?」
「卿の大事な名馬が行方不明なんですって。しかも調教師がひとり、殺されているらしいの」




