455 ウシツノ三番勝負その9 空
ウシツノも動いた。
二人の呼吸はピッタリ合っている。
シバが上段から素早く剣を振り下ろす。
ウシツノも上段から振り下ろす。
シバの剣がウシツノの眉間を引っ掻いて地に突き刺さる。
ウシツノの剣がシバの脳天に直撃する。
「ッ!」
自来也はピタリと止められていた。
目を見開いたシバの直上で。
頬に一筋の汗が伝う。
「オレの、負けだ」
「よかった。潔く認めてくれて」
同時に踏み込んだ。
だがウシツノは一拍、いや半拍堪えてシバの剣先を見切った。
先の二人には前への推進力を見せておきながらの半拍堪え。
「なぜ剣を止めた?」
「怪我を負わせる理由がないからな」
「そう、か」
ドサッ、とシバはそこに座り込んでしまう。
「認めよう。自来也を持つに、お前は相応しい」
「いいのか?」
「実を言えば我が師もお前の父親、大クラン・ウェル将軍を気に入り、無理矢理に自来也を譲り渡したそうだ」
「おいおい話が違うじゃないか」
「済まないな。だがどうしてもオレ自身の目で確かめたかったのだ。お前にその資格があるところを」
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廃村の外で待たされていた荷馬車に乗って、ウシツノたちはサーベルウルフ、ハンマータイガー、二体の首をヒグレリの村へと持ち込んだ。
長いこと悩まされた魔物が退治されたので、村人たちは一様に安堵し、一行に感謝を述べたてた。
「いやぁ、あんたら強いんだなぁ。いったい何者なんだ?」
「剣聖だ」
「刀鍛冶だ」
「農夫です」
「エフッ、エフッ」
「デシッ」
御者を務めた農夫が目を丸くする。
「ほぇぇ。なんかようわからんだよ。鍛冶師や農夫がなあ」
「オレたちの里では誰もが剣を身につける。そういう慣わしなんだ」
「恐ろしい里だな」
魔物退治の結果は、再開した農作物の輸送と同時にマラガにも伝わる。
ウシツノは約束の報酬を貰いにマラガへ向かうことを勧めたが、シバたちは首を横に振った。
「自来也を持つ者、つまりウシツノ、お前の事を検分してやるつもりで里を出たが、逆に己の未熟さを思い知った。なのでまたすぐに出発しようと思う。今度は本格的な武者修行を兼ねてな」
「そうか」
「迷惑料として、二匹分の報酬をお前が貰うといい」
「いや、そういう訳には……フガ」
「有り難く受け取るデシッ」
バンが素早くウシツノの口を塞いで礼を言う。
「ところでウシツノ、お前の回復力は凄まじいな。常人より遥かに早く傷が塞がったのには驚かされた」
「ああ、これは……」
シオリの顔が思い浮かんだ。
今この瞬間も、心穏やかにいてくれているだろうか。
「女神の加護が、オレにはついているんだよ」
「フッ、あながち冗談にも聞こえんな」
シバが右手を差し出す。
「自来也に不具合が生じたら言いに来い。いつでも調整してやる」
「どこに行けば会えるんだ?」
「必要とあれば、剣が引き会わせてくれるさ」
ウシツノはその手を握り返した。
「また会おう。偉大な剣聖よ」
「エフッ、エフフゥ」
「お達者で」
三人を見送り、ウシツノとバンも村を後にする。
感謝の印だと、持ちきれないほどの野菜やチーズを渡されたが、道中バンが食べ尽くしてしまうだろう。
「オレもまだまだ未熟だ」
そう思うからこそ、精進する楽しみもあるのだ。
広い視界に西から東へ薄く雲がたなびいている。
久しぶりに空を見上げた。




