454 ウシツノ三番勝負その8 シバ
「待つデシッ! ウシツノは連戦で怪我をしてるデシよッ」
シバの前にバンが立ちはだかった。
小さな身体を大きく広げ、通せんぼしようとする。
「だが奴はやる気のようだぞ」
シバは取り止めにするつもりはないようだ。
「バン! オレもその気になってるんだ。止めなくていい」
「ウシツノッ」
「そもそも戦いに日時やコンディションを選べる自由なんてないんだからさ」
「いい覚悟だ。オレも一切の手を抜かん事を約束してやる」
「抜かせッ」
バンの横をシバは通り抜けた。
「ったく! もう知らんデシよ! そもそも何しにここへ来たと思ってるデシか」
グァオアオオオアオオオオッッッ!
「ッ! あれは」
獣の咆哮が聞こえた。
沈みかけの太陽を背に、岸壁の上から猛獣が駆け降りてくる。
先ほどウシツノが仕留めたサーベルウルフよりもなお図体がデカい。
「ハ、ハンマータイガーデシッ! こっちのが強そうデシよッ」
名が表すように、巨大な鎚が迫る重量感がある。
腹の底から凍りつきそうな雄叫びと、大地を轟かす重低音を響かせて、真っ直ぐにシバの方へと突っ込んでいく。
「危ないぞッ」
「フンッ」
上段に構えた剣を一閃させた。
脳天をかち割られた巨大な虎が地に崩れ伏す。
それきりピクリとも動かない。
それで終いだった。
「立ち会いの邪魔をするからだ」
シバはウシツノに対峙した。
強い――。
ウシツノは素直にそう思った。
前の二人も手練れであったが、こいつは根本的なレベルが違う。
小細工のない、正真正銘の実力だ。
それも真っ直ぐで、真っ正直な。
「我が愛刀、頼光だ。始めるぞ」
ギラリと光る刀だった。
お互い正眼に構える。
シバの構えは威風堂々とありながら、静寂を孕んでいた。
ウシツノはほぞを噛んだ。
相対してわかる。
一分の隙もない。
呼吸は静か。
瞳も静か。
波打つ感情の類いは一切消されている。
しかしたったいま、この者の剛剣を見せつけられた。
こういうヒリヒリする緊張感は久しく味わってなかった。
(強い)
そう思う。
ゆっくりと深呼吸をする。
相手を観察しつつ、自問する。
(誰よりもか?)
それはどうだろうか。
(強い奴は、いくらでもいるものだ)
こいつもそのひとりにすぎないだろう。
そしてこんなことはこれからも度々起きるだろう。
ではこれは、一生に一度の戦いとは言えないのではないか。
剣聖を名乗る以上、こういうことは常に起こる。
(それはもう日常だな)
ならばいちいち気にしてはいられない。
(そう。これは普通だ。よくあることなんだ)
ウシツノの中に奇妙な感覚が浮かんでは消えた。
静かに息を吐く。
改めて見て、目の前の男が普通に思えた。
(さあ)
シバが動いた。




