449 ウシツノ三番勝負その3 獅子骨峠
ウシツノはちょうど峠道の頂で立ち止まった。
意外と周囲は折り重なった岩の壁が多く、風を防いでくれる代わりに視界も塞いでしまう。
「馬車が行くには案外楽そうではあるが」
相手が獣とあってはこの環境は油断ならない。
「ウシツノもお人好しデシねぇ。魔物退治してるヒマがあるデシか?」
「断れないだろ、あの状況で」
「別に、ごちそうさまデシた、って帰ればいいんデシ」
一介の冒険者であったならウシツノもそうしたかもしれない。
「剣聖の評判を気にしたデシね。ったく、前任者を思い出してみるデシ」
「あ、うん」
前剣聖グランド・ケイマン。
腕は一流であったが、その性格は決して人格者足り得なかった。
「まあいいじゃないか。どうせアマンの行方もわからないんだ。仕事としての報酬も出るし、剣の鍛練にもなる。鍛えておいて損はない」
「はいはいそうデシね」
油断なく峠道を歩く二人だが、真っ昼間の昼下がり、魔物どころか人の気配も何もない。
「魔物が出ると言われて旅人が通るわけもないデシ」
「とりあえず荘園があるというヒグレリの村へ向かうか。魔物に出会えなければ数日、そこを拠点に考えねばならないし」
「どれぐらいデシ?」
「徒歩でも夕方には着けるだろう」
「バンがでっかくなって飛んでいくデシか?」
「村人がビックリするぞ。途中で魔物と出会えるかもしれないし、ゆっくり行くさ」
「よかったデシ。あれやるとお腹が空くデシ」
「待て。馬車だ」
峠の頂から見下ろすと、こちらへ向かってくる一台の荷馬車が見えた。
御者台に二人、荷台にも二人乗っているのが見える。
「荘園の人たちじゃないか?」
「でも荷物の輸送には見えないデシよ」
向こうもこちらに気づいた様子で、少しスピードを緩めつつ近づいてくる。
馬車を操る御者は農夫に見える。
ウシツノは御者の隣に座る者が気になった。
農民という佇まいではない。
御者と同様に人間の男だが、眼光鋭くこちらを睨み付けている。
威嚇しているのではなく、つぶさに観察している。そんな印象だ。
身長はウシツノより五〇は高そうで、一八〇に満たないぐらいか。
それでも背筋をまっすぐ伸ばし、全身ほどよくついた筋肉を見るに、実際よりも大きく見える。
短く刈り込んだ黒髪、黒瞳、額には黒鉄の鉢金を巻き、ウシツノと同様和装に近い旅装束だ。
そして腰には刀を佩いている。
後ろの荷台に乗る二人も似たような旅装束をまとっていた。
ひとりは体つきを見るに猿人族だろう。
大分小柄だが、その分腕が異様に長い。
しかしもっと異様と言えるのが、顔を隠す木製の仮面を着けていることだ。
赤や青、黄色に緑ととても派手なカラーリングで、口の部分は下顎から二本の牙が上を向いて伸びていた。
「エフッ、エフッ」
肩を上下にしながら奇妙な呼気を発している。
それとも笑っているのだろうか。
最後のひとりは鳥人族だった。
これまた小柄でウシツノと大差ない。
緑色の頭部にくすんだグレーの羽をしている。
そして三人ともが腰に刀を帯刀していた。
「こりゃ珍しい。カエル族のお人がこんな所でどうなすった? この先にはヒグレリの村しかないよ」
先に御者が声を掛けてきた。
こちらはいたって普通の農夫といった感じの男だ。
「魔物退治を頼まれてきたんだ。ここいらに出るのだろ?」
農夫は驚いた顔でウシツノを凝視した。
「そりゃあそうなんだが。こう言っちゃあなんだが、おめえさん、そんなに強そうに見えないだ。止めといた方がいい」
「はは……まあ、そうもいかなくてな」
ポリポリと頬を掻く。
バンは目線を反らし何も言わない。
ややこしくなるので黙っていてくれる分には有り難かった。
「丁度このお三方も魔物退治の依頼を見て来てくれてるだ。武者修行の旅をなさってる言う東方の剣士さま方だで」
「東方……」
ウシツノが見ると短髪の男は目を閉じ静かに佇んでいた。
「なまなかな冒険者じゃ返り討ちにされてたけんど、この方たちなら勝てそうだで。んでちょっくらこの峠周辺を案内しているところだでよ」
「そうか。でもまあ引き受けた以上、何もせずに帰ることも出来ないんだ。魔物が潜んでいそうな場所を教えてくれると有り難い」
「そったら……」
農夫は何か所か思い当たる場所を教えてくれた。
自分たちもそれらを順繰りにまわるつもりでいるそうだ。
「なるほど、廃村があるのか。泉もあると言うなら確かに居そうだな。そこから行ってみるか」
「もう止めはしないが、気を付けるだよ」
「ありがとう。あんたらが襲われないよう、なるべく早くオレが退治してみせるさ」
荷馬車を後に道を外れ、ウシツノとバンは廃村があるという荒れ野を行くことにした。
「本当に大丈夫なんかな、あんな小さな体つきでなぁ」
そう言う農夫を尻目に、短髪の男が御者台から降りると、膝を着き地面をじっと見つめた。
「エフ、エフフッ」
「そうだねハヌマン。僕たちは運がいい。あれは間違いなく、自来也だ」
荷台の二人が地面を観察する男を見る。
「フフフ」
「どうなの、シバ?」
地面を見てニタリと笑う短髪の男に、鳥人族がシバ、と再び呼び掛ける。
「ああ、なかなかの手合いのようだぞ」




