448 ウシツノ三番勝負その2 依頼
「おおっ! よぉくいらした、剣聖殿!」
奥は団体客用の広々とした部屋だった。
その部屋の真ん中に大きなテーブルが置かれ、たくさんの料理が並べられている。
その席にひとり、ずんぐりとした体型の犬狼族が待っていた。
「私ども、ライブフーズ商会の代表、シーズー・ライブ様です。五商星のおひとりであらせられます」
「五商星?」
この街のトップのひとりである。
思わぬ相手にウシツノは面倒事の予感を禁じ得なかった。
「いやいや、ようこそ! ささっ、そうかしこまらんと、席についてくだされ」
五商星とはもっと厳めしい輩だとばかり思っていたが、どうやらこのシーズー・ライブという太っちょは柔和な性格をしているらしい。
バンは並べられた料理の数々に顔をほころばせている。
「ほほ、遠慮はいりませんよ。お召し上がりくだされ」
「マジデシか? いただきますデシ」
「お、おいバン」
ウシツノが止める間もなく、バンは温かな湯気を立てる肉料理を頬張り始めた。
「ほほ、まあまあ。どうです剣聖殿も」
「あ、ああ」
さすがにウシツノも空腹を覚え料理に手を伸ばし始める。
食事の間、シーズーは先日の暴動騒ぎでウシツノの姿を見かけたこと、その強さを気に入り調べさせたところ、新たなる剣聖の称号を得た者であることを知ったとまくしたてた。
さらにウシツノの剣の腕前に惚れこみ、どれだけ自分があの日興奮したことかと熱弁した。
「いやこう見えてワシも幼少のみぎり、剣を握っていた日々があったもんですじゃよ。まあまあその、剣聖を夢見てたりしてましてなあ」
タプタプとしたおなかの贅肉を揺らしながら笑う。
「どうです剣聖殿、そのワイン。なかなかいけますでしょう?」
多弁で話芸も達者なシーズーに、剣聖であることをおだてられ、いつの間にかウシツノも気分良くワイングラスを傾けていた。
「そのワインは南のランクァ地方で採れたものですじゃ。それ一本でこの街の宿代一月分にはなりますぞ」
「そうなのか?」
ウシツノの故郷カザロ村でもブドウが名産であった。
それだけにワインには厳しい評価を下すこともあるウシツノだが、このワインは確かに美味かった。
「ふふ。さてそこで、折り入ってお話があるわけじゃが」
「あ」
しまった、と思ったがもう遅い。
あまりに気分良く乗せられてしまっていた。
はじめの警戒心は何処へやら。
すでに何を言われても断るのは難しいほどの歓待を受けている。
バンなど大きく腹を膨らませて高いびきと来たものだ。
「まあまあ、まあまあまあまあ。そう警戒せんでくだされ。何も身ぐるみ剥ごうというのではありません。貴方にできて、私に出来ない、仕事を頼みたいのです」
「貴方」の時に両手を差し向け、「私」の時には両手を自分の胸元に置く。
こういうジェスチャーひとつひとつが自分の領域に引き込む話芸なのだろう。
ようやくそこに気付いて思わず感心してしまう。
「どんな仕事だ?」
「魔物退治ですよ」
シーズーの話はこうだった。
食糧品を扱うライブフーズ商会は、マラガの南、ランクァ地方に広大な荘園を抱えている。
そこでは多くの農作物や畜産が管理されており、そこでの出来高が商会の重要な利益になる。
ライブフーズ商会の商品はマラガの街だけではなく、世界中にて商われるのだ。
「そういえば、ゼイムスがハイランドに輸送してきた救援物資の中にも、このロゴがあったな」
ウシツノが目の前にある、素焼きのナッツ類が入った瓶を見て思い出していた。
そのランクァ地方へと繋がる道の途中で問題が生じた。
大量輸送に荷馬車が通行できる唯一の峠、獅子骨峠に魔物が棲みついてしまったのだ。
「サーベルウルフとハンマータイガーという二頭の巨獣でして」
この峠道はマラガの人々にとっても重要なライフラインである。
商会は日常的に警護団を組織するだけでなく、盗賊ギルドに手を出させない密約も交わしていた。
そのため今まで大きな略奪行為などはあまり起きなかったのだが、ここにきて突然魔物が居付き、食糧を奪う事を覚えてしまったらしい。
当然討伐隊が派遣されたが、結果は全滅。
直接の営業被害を被っているのはほぼライブフーズ商会のみとあり、他の商星や盗賊ギルドもあまりこの件には積極的でなかった。
仕方なく何組かの冒険者パーティーを雇いもしたが、未だに良い報告にはありつけていない。
「そこでどうにか剣聖殿のお力で、ね?」




