447 ウシツノ三番勝負その1 火葬
マラガはおそらく世界一の自由商業都市だ。
西の辺境大陸と、東の緑砂大陸という、二つの大きな大陸のちょうど中間に位置している。
街は東の緑砂大陸の最西端、シェイク半島にあった。
大きな港を擁し、貿易海路の中心とも言われ、日々世界中から多くの人種や交易品が集まってくる。
だがその富を享受するのは王ではない。
というより、この街に王はいない。
より多くの資産を持つ選ばれた五人、五商星と呼ばれる者たちによる合議制で街の運営方針が決まるのである。
実に先年実現に至った北のハイランドよりもはるかに先駆けて、共和制都市国家の体を成しているのがマラガなのである。
しかしそれはあくまで表向き。
この街が他国からの侵略に怯えずにいられるのは、相手方にとっても経済的な恩恵がある、という互恵関係以上に、この街を裏で支配する組織の影響がでかい。
盗賊ギルドである。
世界一の質と数を誇る構成員を抱え、広大で深い裏社会へ伸びた手は誰にも推し量れずにいる。
下手にマラガに敵対し、盗賊ギルドの恨みを買った場合、王族と言えど日々暗殺に怯えて暮らさねばならなくなるのだ。
そのためこの街に手を出す者はまずいない。
いなかったのだ。
一年前、その旨を軽んじた者たちがマラガを蹂躙した。
実に電撃的で鮮やかな襲撃であった。
一晩で落とされたマラガであったが、その者たちの栄光もすでに終わりを迎えている。
今や町中にその者たちの死骸が晒されている有様だ。
ギルドと、この街で逞しく暮らす住民たちの怒りを買った愚か者たち。
トカゲ族である。
突如として多くのゾンビーを引き連れ現れたトカゲ族は、瞬く間にマラガを制圧。
五商星を抑え、この街を牛耳ると、以来我が物顔で通りをのし歩き続けた。
しかしその威勢も一年と持たなかった。
決起した住民たちの反抗に遇い、トカゲ族は瓦解したのである。
その手引きをしたのが盗賊ギルドであることは言うまでもない。
トカゲ族の幹部が数人逃げ仰せたと噂されたが、もはや再起は不可能であろう。
電撃的侵攻は見事の一言であったが、その後の展開はなんとも酷い有り様だったと、後の歴史学者は記すことだろう。
「で、ここにアマンやレイ殿、ゾンビーとなった親父たちがいたというわけか」
瓦礫と朽ちた家具が散乱する地下室を抜けて、ウシツノは陽の射す表へと出てきた。
「手掛かりはあったデシか?」
待ちくたびれた様子のバンが声をかける。
ウシツノは力なく首を横に振った。
「ゾンビーとなった者の遺体はきれいさっぱり片付けられていたよ。至るところに煤けた箇所があったから」
「街の人たちが火葬にしてくれたデシ。そう思えデシ」
「そうだな」
果たして住民たちに死者を弔う気持ちがあってのことかどうか。
ウシツノもそれ以上は何も言わずにおいた。
「それよりバンは腹が減ったデシ! 今日行く店はもう決めてるデシよ」
「わかったわかった」
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「と、そこまでだバン」
「はひはゲヒは?」
「食いながら喋るなよ。それでラストオーダーだ」
「まだ三人前しか頼んでないデシ!」
「もう金がないんだ」
最後の台詞は周囲を気にし、幾分声を落として伝えた。
ただでさえ二人は目立つ風貌をしていた。
「ハイランドを出るときアカメにたっぷり路金を貰ったデシょ?」
釣られてバンも小声になる。
「全部お前の食費に消えたよ。大食いの癖に高価そうな店ばかり選ぶから」
「ならウシツノが店を選べば良かったデシ」
「オレが選ぶとお前ブーブーうるさいじゃないか」
「いかにも荒くれ者がたむろしてそうなボロ家ばかり選ぶからデシ」
今いる店もバンが選んだ。
高級とまでは言わないが、ウシツノのように旅装束の客は他にひとりも見当たらない。
もちろん、バンのように喋る小動物もだ。
「とにかく今夜から野宿だし、明日からは野草のスープがメインだからな」
あからさまにバンが拗ねた顔になる。
ウシツノは頬杖をついて、ひとつため息もついた。
その二人の席に近寄る者がいた。
身なりのいい、毛髪に白いものが混じる程度の年齢を重ねた人間の男だった。
「失礼します。わたくしこの店を任されているサタと申します。失礼ですが……」
「あ、あぁ、すまない。金なら払える。もう少しで出ていくから勘弁してくれないか?」
店のカラーにそぐわないからと、退店を促されたとウシツノは思った。
しかし男は慌てて、そうじゃないと両手を振る。
「実はあなた様に直接お会いしたいと、私どもの雇い主が奥でお待ちしております」
「ん?」
ウシツノの顔に警戒感が涌き出る。
「こちらの代金は結構でございます。よろしければ奥で追加をお出しいたします」
「デシ!」
バンが喜色満面で男について席を立ってしまった。
「やれやれ」
腰の刀に手を掛けつつ、ウシツノは嘆息混じりに後に続いた。




