444 Back In Black
シオリは辺りを見渡したが、周囲は暗く何も見えなかった。
自分の手のひらさえ暗い影としか認識できない。
「あっ」
いや違った。
足元に一本の白線が敷いてあった。
白線は少し波打つようにも見えたが、おおむね真っ直ぐに敷いてあった。
振り返ると白線はない。
ちょうどシオリの足元から線は一方向に向かい伸びているのだった。
「その線に沿って歩きなさい」
「ッ!」
暗闇の向こうからオーヤの声が聞こえた。
「ここどこなのよ」
続いてマユミの少し怒ったような声も聞こえた。
とりあえずシオリは安堵した。
「マユミさんいるんですか?」
「いるわよ。シオリもいるのね。見えないけど」
「いいから二人ともさっさと歩いて。置いてくわよ」
何も見えない謎な場所で置いていかれては堪らない。
シオリは恐る恐る、マユミは渋々歩き始めた。
「ここ、何処なんですか? さっきまでいた所じゃないですよね?」
「どうしてそう思うの?」
「や、なんとなく」
聞かれてもシオリには上手い答えがみつからない。
違和感、差異、そういった感覚的なものをうまく言語化できない。
「空気が違うわ。それに音もしない。他に何者の気配もないし」
マユミが代弁してくれた。
「そうね。ここは何処でもないわ」
「からかってる?」
「ちがう。事実よ」
「あの、アカメやシャマンさんたちは?」
どうやら近くにはオーヤとマユミしかいないようだった。
「安心していいわ。先にこの門に飛び込ませておいてあげたから。さっさと歩けば追いつくかもしれない」
シオリはひとまずホッと胸を撫で下ろした。
あのまま宇宙空間でどうにかなってしまったのではないかと不安だったのだ。
ひと安心したらオーヤの台詞でひっかかるものがみつかった。
「今、門って言いましたよね。それってもしかしてレイさんに」
「よく覚えてたわね。その通りよ」
「なんなのそれ?」
「えっと……」
少し待ってみたがオーヤは自分から説明する気はないようだったので、シオリが記憶の糸を辿りながら拙い説明を試みた。
「なにそれ! じゃあアイツはいつでもそのレイっていう黒姫のいる場所へワープできるわけ?」
「ワープと言うと大袈裟ね。こうして少し歩くもの」
「あんたさあ、その娘のプライバシーとか尊重したげなよ」
いつ魔女が現れるか知れないのでは、お風呂もトイレもままならないだろうに。
「プッ」
珍しく魔女が吹き出したようだ。
暗闇でその姿が見えないのが惜しい。
「そうね。別に私もあの娘が籠ってるトイレに出たいだなんて思わないわ」
ジョークだろうか。
魔女の口からジョークが飛び出すなんて意外だった。
それでシオリは魔女に改めて言うことにした。
「あの、ありがとうございます。オーヤさん」
「はぁ?」
魔女も予想外のシオリの発言だったようだ。
「なによ急に。気持ち悪い娘ね」
「だって、私たちを助けてくれたから。おかげでマユミさんも、ミナミさんも」
「別に。アナタ達の戦力も多少は宛にしてたし、それに」
「それに?」
「……いや」
オーヤも自身の行動を振り返ってみた。
見捨てようなどとは端から思わなかった。
だが口を突いて出たのは別の表現。
「恩を売りたかったのよ。この貸しはいつか返してもらうから」
「はあ、わかりました」
「返す必要ないよシオリ。どうせ何かに利用しようとしてるんだコイツは」
「桃姫はあのまま磔にしとけばよかったわ」
「ちょっと!」
なんだか少し信じられなかった。
これまで不気味な存在であった魔女オーヤに、シオリは不思議な親近感が湧き始めていた。
それはもしかしたらあの白い光に包まれた女が関係しているのかもしれない。
「あの、もしかしてさっきの……」
「でもいいの、シオリ?」
「え?」
問いかけの機先を制す形でシオリはマユミに問いかけられる。
「このままここを脱出するとさ、そのレイって娘とはちあわせでしょ? さっきのズァが変身した黒姫、幻術じゃないんならきっと……」
「そうですね。わたし、嫌われてるかもしれません。でも」
「うん」
「やっぱりわたし、レイさんを助けたいんです」
「おかしいわね」
「え? そうですか?」
「そうじゃなくて……」
突然割り込んだオーヤの声は、いくぶん緊張感を孕んでいた。
「方角がちがう。あの娘今はマラガの地下で眠っているはずじゃ」
「いいえ」
どこからか別の声が聞こえた。
「深谷レイは私どもの城へ招待させていただきました」
「上だ!」
マユミの言う通り、見上げると、この暗闇の中にボウッと光に包まれた人物がこちらを見下ろしていた。
こちら側は暗闇に覆われたままなのに、この人物の周りだけはほのかに明るく光っている。
貴族のような立派な服を、スラリとした体躯が見事に着こなしていた。
その人物の頭部はしかし猫だった。
「お久しぶりですね、大谷ユウ。や、今はオーヤと名乗っているのですか」
「……マグ王」
「大変恐縮ですが、あなた方の我が城へのご入場は、お断りさせていただきます」




