442 アユミ
激しい衝撃と眩い閃光がいくつもの轟音と重なる。
赤い翼を羽ばたかせ、縦横に飛び回る赤い竜のような女が強烈な火炎弾を撃ちまくる。
それを回避するシオリだが、どういうわけかマユミは一歩も動こうとしない。
「危ないッ」
そのマユミに向かった火炎弾を直前でシオリの稲妻が撃ち落とした。
「マユミさん動いてッ」
先ほどから何度そう呼び掛けるも、マユミに変化は見られなかった。
わずかな身動ぎ程度はするものの、決して戦闘態勢を敷くことはなく、シオリは自分とマユミの身の安全を計るのに追われた。
「ギャオゥッ」
竜の女がひときわ不気味な声で吠えた。
向かい合わせた両手の間にみるみる爆炎が渦を巻き、眩い光量と膨大な熱量を生み出す。
「熱ッ! まるで太陽みたい」
シオリの頬から汗が滴る。
背中は汗でまとった純白のドレスを張りつかせている。
運動によるものというよりも、目の前の炎によるものなのは歴然だった。
姫神として蓄積された戦闘経験値から、シオリは球状に渦巻くあの炎を太陽に匹敵すると見た。
「あれを撃たせちゃダメだ」
光の剣を構えたシオリが猛スピードで炎の女に肉薄する。
だがそのアクションは一歩遅かった。
「く、ぐぐ、喰らえ」
鋭い歯列の隙間から、初めて意味のわかる言葉を発した。
シオリがそう思った刹那、爆炎の太陽は発射された。
「ギギッ! 赤火灼熱ォ」
「ッッッ!」
至近距離ではあったがおもわず仰け反りシオリは回避に成功した。
だがその射線上にはもうひとり、攻撃対象がいる。
「塵に、なれィッッッッッ」
「マユミさん避けてェッ」
呆然と立ち尽くすマユミの頬を伝う涙が蒸発する。
光と熱で音と空気が掻き乱される。
「マユミさんッッッ」
シオリの絶叫もマユミの耳にまでは届かない。
光熱がマユミの影ごと飲み込もうとした。
「境界線の彼方」
突然空間に大きな穴が空くと、吸い込まれるように炎は掻き消えてしまった。
その穴の周囲をクルクルと流れる金髪が舞う。
マユミの前に長い金髪と全身黒く禍々しい鎧姿の女が立っていた。
「お、遅いじゃないですか!」
シオリがようやく現れたオーヤに非難がましく抗議した。
「ずいぶんとバタバタしてたようね」
オーヤが戦場を見回しそう評した。
「覚醒した姫神が二人も揃っていながら、あの紅姫ひとりに苦戦してどうするのよ」
「紅姫? あのひとが……じゃあもしかして」
「あら、初見? おかしいわね。ズァが行使したあの術技は、あなたたちのウイークポイントを突いてるはずなんだけど」
マユミの肩がビクン、と弾ける。
シオリにもようやく理解できた。
「あの人が紅姫。タイランさんが探していた……」
紅姫の名前は聞いている。
「たしか、アユミさん」
これで確信が持てた。
先だって黒姫のレイを目の当たりにして戦えなかったシオリ同様、この紅姫を前に動けずにいるマユミの意味。
紅姫のアユミと、元の世界に残してきたマユミさんの娘アユミは同じアユミなのだ。




