439 白姫のアビリティ
「よくぞここまでチカラを身につけた。マナが満ちている。もはや貴様らに与える必要ナシ」
『ルァァァァァァァァァッッッッッ』
山羊の口から耳の奥にまで響く超音波が発せられる。
鋭く刺すような痛みを覚え、たまらずシオリもマユミも両手で耳をふさいだ。
「くっ、なんなのアイツ……気味悪い声だして」
「あ、ああっ」
二人ともうずくまりそうになりながら懸命に耐える。
『ルァァッッッッ』
いっそう甲高い声で鳴いたかと思えば、突然山羊はピタリと静かになった。
恐る恐る、ぎゅっと閉じた目と耳を解放する。
この間、ズァは攻撃をしてこず、その事を懸念しながらも二人は相手を確認した。
「えっ」
シオリは驚いた。
予想だにしていなかった光景が目の前に現れたからだ。
「ズァは……」
マユミは辺りを見回すがズァの姿は見えない。
「そんな、どうしてここに」
「シオリ? あれは誰なの? 知ってる人?」
シオリの様子がおかしいことに気付いたマユミは、ズァのいた場所に新たに出現した者をよく見てみた。
そこにいたのはマユミの知らない人物だった。
その人物は女だった。
その人物は闇よりも黒いドレスを着て、全身から黒いオーラを発していた。
その人物は頭に血のように赤いイバラの冠をいただき、血の気の失せたような肌は白蝋のごとく生気を感じなかった。
「そんな……」
「シオリ?」
目の前の黒いドレスの女が少し首を傾げてみせる。
きりきりきり、と、まるで人形のような軋み音が聞こえてきそうな気がした。
何も言わず、ジッと閉じない眼で見つめてくる。
きらりとした、水晶を嵌め込んだかのような目をしていた。
「レイ……さん」
そこにいたのは黒姫のレイだった。
もう一年以上も前、カザロの村で別れて以来だった。
最後に見た、あの時のレイそのままだ。
「レイ? もしかしてあれが黒姫の」
マユミはレイを知らない。
彼女についてはシオリやアカメから聞いていたに過ぎない。
だがその話を信じるならば、黒姫が今ここにいる筈がない。
だというのにレイの姿を見たシオリは、すっかり身を固くしてしまっている。
「しっかりしてシオリ! ズァ! 今さら幻覚なんかで揺さぶろうなんてセコい事するな」
「ちがうよ、マユミさん」
辺りに喚き散らすマユミの腕をシオリは掴んだ。
しかしその揺れる瞳はレイから離せないまま。
「何が違うの」
「白姫の私に幻覚は効かない。そうでしょ?」
「ッ……」
かつてマユミとシオリが戦った時、マユミの幻術をシオリは全て無効化した。
心に描いたことが顕現する、マユミの幻魔術ドグラ・マグラすら効かなかった。
それどころかその経緯がシオリのルシフェルを呼び起こすきっかけともなったのだ。
「そうだったわね」
シオリに精神や神経への攻撃は効かない。
それが白姫の特殊能力だからだ。
「だったら」
目の前にいる黒姫は、本物――。
「でも私たちみたく覚醒はしてないんじゃない?」
確かにレイの姿はシオリの知るかつてのレイのまま、深淵屍姫のままだった。
「それなら負けやしないでしょ」
「レイさんとは戦えませんッ」
シオリは即座に否定した。
思っていなかったほどの強い否定の声だった。
「レイさんは怯えていた。私よりずっと恐ろしい目に遭ったから、泣いていました」
マユミは困った顔を浮かべた。
同じ姫神として、この世界で受けた理不尽には彼女も共感できてしまう。
「レイさんとは、戦えません」
「ケタケタケタ」
「ッ!」
それまで黙っていたレイが、泣きそうな顔をで嗤った。




