438 贄
「ヌゥンッ」
獅子の牙を食いしばりつつ、大鉈を振るう。
寸分違わず同時に襲いかかったマユミの鞭をズァは全て打ち落とした。
いや、正確には何発かは打ち漏らしている。
ズァの振り回した大鉈の間隙を縫って、数発は確かにヒットしていた。
鋭く回転するドリルのような鞭打なのだが、しかしズァの肉体に致命傷とはいかなかった。
鋼よりも固い筋肉の表面に、わずかな擦過傷を与えたに過ぎない。
肉を抉るどころか、肉と鞭が激しく擦れる摩擦によって、双方から微かな煙がたなびいていた。
しかしだからといってマユミは攻撃の手を止めたりはしない。
龍騎を振るう限り、ズァの足止めにはなる。
「まだまだいけるわ! あんたはどうなのズァ」
「くだらぬ。オレのスタミナ狙いなら無駄だと知れ」
ズァは数ある鞭打の被弾を無視して大きく鉈を振りかぶった。
「ゴァッ」
その大鉈をマユミに向かい投擲する。
「ちょッ!」
こちらの攻撃を食らいながらも唸りをあげて押し迫る巨大な鉈に、一瞬にして恐怖心を覚える。
「最硬の銀姫か、最火の紅姫でもないかぎり、貴様では受けられんッ」
重たく回転しながら大鉈がマユミに迫る。
すると龍騎の分かれた鞭全てが束なり、凶暴な刃を盾となって防いだ。
マユミの神器に備わった自動防御が働いたのだ。
が、鉈の重さはマユミの体勢を崩し、さらに束ねた鞭のおよそ半数が千切れ飛んでしまった。
逆に弾かれた大鉈をキャッチしたズァがマユミに向かい飛翔する。
「これまでだ」
「ええ、アンタがね」
マユミの口元に会心の笑みが広がる。
その刹那、チカッ、と光が瞬いた。
「天の御柱」
天、と言っても天井すれすれだが、そのためズァの直上ゼロ距離から、太い白光が突き立った。
覚醒したシオリにできる、最大攻撃力の術技だった。
太く白い柱のような雷だった。
衝撃と、轟音と、灼熱と、烈風がズァを包み込む。
本来なら天を衝く巨大な柱のように放たれるが、今回は地の底まで果てなく伸びきった。
「出し惜しみなく最強技で行く。そういう思い切り、好きよ」
「マユミさん……私サポートじゃなかったんですか? なんでトドメ……」
「でもちゃんと意図を汲み取れたじゃない。おかげでズァもシオリをノーマークだったんだし」
柱が徐々に消えていく。
眩い光と共に塵と静寂が訪れそうだった。
「ッ」
「あ、そんな」
シオリは愕然とした。
完全に光が消えた場所に、まだズァはいた。
光と共に消滅していることを期待したが、そうはならなかった。
『 ルォンッキリキリブァッザアァルンダランバーラァァア ルォンッキリキリブァッザアァルンダランバーラァァア』
ズァの肩から生えた山羊の首が不気味な呪文を唱えている。
地獄の亡者が謳うような声で、耳を覆いたくなる不快さがにじり寄ってくるようだ。
「オレはお前たちの事をよく知っている」
真ん中の獅子の首がズァの声で呟く。
「貴様らのチカラは、半生を賭して研鑽を磨いたものではない。平和な環境でうつつを抜かす小娘どもに、それは突如与えられたチカラに過ぎず」
「な……ッ、いきなりなに」
獅子の首はうつむいたまま呟きを続ける。
不気味に唱え続ける山羊の呪文に消されることなく、その声は不思議と二人にはよく聞こえた。
「過去、多くの姫神はこの亜人世界に適応できず、戸惑い、覚悟も定まらぬまま、そのチカラを持て余した。挙句愚者どもに利用され、本来の役目も果たさず、命を翻弄された」
「……与えられた……私の……姫神としての……」
「本来の、役目?」
シオリの震わせた声と、マユミの問いに、獅子の首がようやく顔を上げた。
左肩の竜の首も、右肩の山羊の首も、全身から黒煙を燻らせるズァの三つの首が、マユミとシオリを睨んだ。
「与えたのは慈悲ではない。貴様らは、贄だ。無駄に失うこと許さぬ」
「贄……」
「この世界の未来のために貴様らは選ばれたのだッ」
山羊の呪文が完成していた。




