435 最弱の電撃
「は、はは……」
シオリはひきつった笑みをこぼした。
今、周りには人はいない。
天井すれすれの高さで羽ばたきながら、天井の巨大な顔の見つめる前で、同様に浮遊する怪物と相対していた。
「無駄なことだ」
怪物がしゃべった。
今まで聞いたこともないような程の恐ろしさと不気味さを合わせた声だった。
「お前ではオレの相手にもならん。たとえ覚醒済みであろうともな」
怪物、ズァは蔑むようにシオリを睨み付ける。
「痛い目に遭いたくなくば、あの魔女をここに呼び戻せ」
「そ、そんなこと言っても」
シオリにズァを押し付けて、姿を眩ましたオーヤは、五分で戻ると言っていた。
「ご、五分後に戻るって言ったから、それまで待って……くれません?」
「魔女は貴様に五分稼げと言ったのだ。何を企んでいるのか、待つわけにはいかん」
背中に生えた黒い羽を広げるて、ズァは武骨な大鉈を振り上げながら急接近してきた。
「ひぃッ」
空気の塊ごと押し寄せてきた。
ただの女子校生だったころなら今の瞬間に死んでいただろう。
姫神としての生存本能が、ズァの大鉈によるパワフルなフルスイングを上方に飛んでかわしていた。
ボボボッ!
「ッ!」
変身したズァの右肩から生えたドラゴンの首が大口を開けると、口内に熱がこもり火球の形に膨らみだす。
ここから急旋回など不可能。
撃たれれば直撃は免れない。
回避できないタイミングでの火炎攻撃にシオリは両腕をあげて顔を庇うしかできなかった。
「……ッ」
混乱が襲う。
灼熱の衝撃を覚悟したが、しかし炎は撃たれなかった。
何故? とガードを下げた瞬間、ズァの太い腕がシオリの喉元を掴みに差し迫っていた。
「きゃッ」
咄嗟に突き出した光の剣がズァの腕を浅く切る。
「……」
「た、助かった」
二人は再び距離を開けて相対していた。
一瞬の攻防だったが、シオリの胸は心臓が打つ早鐘のような鼓動で爆発しそうだった。
二度、三度、大きく深呼吸する。
落ち着こうとしながらもシオリの脳裏に疑問が沸き立つ。
どうして火球を撃たなかったのだろう。
どうしてあの鉈でなく腕を伸ばしてきたのだろう。
ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ!
この音は何だっけ?
先程から空気を震わす異音。
なにやらオーヤが大いなる存在の能力を封じる処置を施したというが。
そこで背後の存在を思い出した。
(そうか。天井いっぱいのこの顔に炎が当たるのをためらったんだ。だから火球の攻撃モーションをフェイントに利用した。でも掴みかかってきたのは……)
そこで離れた位置で磔のまま、こちらを凝視しているマユミに気付いた。
顔を真っ赤にしながら全身でもがいている。
(マユミさん。早く助けてあげないと……)
ピンとくるものがあった。
(そういえば、あいつマユミさんもミナミさんも生かしたままだった。姫神だから? アイツにとって、だから私も、必要な存在なんだ)
オーヤはひたすらに無理難題を押し付けたわけではなさそうだと思えた。
この位置と、自分の価値を正確に認識すれば、いい勝負が出来る。
「何が可笑しい」
「え? 別に」
気付かないうちにシオリの顔が笑んでいた。
それは先刻のひきつった笑みとは違う。
どこかに期待感を滲ませていた。
「一度の攻撃を掻い潜った程度で図に乗るな。所詮貴様は純粋な戦闘力では姫神の中でも最弱な白姫だ」
「傷つくような言い方」
「それを思い知らせてくれるッ」
再度ズァが突進してきた。
「だったらこれでッ」
両手を胸前で交差するとバチバチッ、と電光がほとばしる。
「必殺! 稲妻光線」
真っ白い放電が一直線にズァへと伸びた。
「ヌゥンッ」
その光線をズァは大鉈で受け止め振り上げながら薙ぎ払う。
「ヌルいわッ! その程度の電撃……」
「爆裂」
シオリの合図で弾かれた光線が無数の光球に分かれると、そのひとつひとつが周囲一帯で爆発した。
爆発はズァにダメージを与えることは出来なかったが、辺りに被害がない、などとは到底言えないレベルであった。
「ゴゴ……ンゴゴゴ……」
「ハッ! なんとしたことだ」
始めてズァの顔に動揺が見てとれた。




