434 語り部
チッ、チカッ!
チカッ、チカカッ!
粉塵に煙る大広間の上空に、時折光が明滅を繰り返す。
光は右から左へ、上から下へ。
過ぎ去ったり、弾かれたり。
ただ少しずつ、そのエリアは上へと移動し、少しずつ光は弱くなっていた。
「慣れぬ剣術など止めることだ。慣れぬ術技もな」
オーヤの振るう光の刃は徐々にその輝きを失いつつあった。
元々シオリの神器である。
「貴様もかつては姫神であったが、その神器とは対極に位置する黒姫。相性が悪かろう」
徐々に弱まる光の刃をオーヤが眺めている。
「降参しろ。貴様に勝ち目などない」
「……そうかしら」
「何を焦っている?」
「焦る?」
獅子、山羊、竜。
ズァの三つに増えた首がジッとオーヤを睨み据える。
「生き急いでいると言い換えてもいい」
「バカ言わないで! わたしはとうに常人の五倍は長生きしているのよ。何を今さら焦るというの」
「今になってノコノコ姿を現した。四百年前の姫神戦争を抜け出せたのだ。ひっそりと隠れておればよいものを」
「フン! それこそバカ言わないで」
黒い羽根をはばたかせ、オーヤがさらに上空へと飛び立つ。
それをズァも追う。
「言ったでしょう。わたしは元の世界に辟易していたと。選ばれたわたしは相応の力を享受させてもらう」
「貴様ら姫神は生贄にすぎん」
「そのシステムも変えてみせる」
オーヤの視界にバカでかいヒト型の顔が見えてきた。
天井一面に広がる巨大な顔だ。
男でも女でも、若くても老いてもいない。
感情も見えず、無機質で、無個性で、気味の悪い。
そこに三人の後輩たちがいた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
バクンッ!
「ッ!」
四肢を縛めていた枷が外れ、ミナミは解放された。
自然に身体が落下を始める。
首を曲げ、上を仰ぎ見ると、顔の額中央に埋め込まれた磔台の枷が開いていた。
そこへ自らの四肢を嵌めようと、シオリが背中を合わせ、両手を広げようとしていた。
ミナミとシオリの交換。
大いなる存在の提案に反対する気は起きなかった。
何故だかそれが当然であると、シオリもミナミも、マユミですらもそう思った。
そこに疑念の余地はなく、交換は間もなく完了する。
その時だ。
何かが風を切り裂きながら、ミナミのすぐ脇を通過した。
それは光の刃を放出するシオリの神器、シャイニング・フォースだった。
刃はシオリを縛めようとしていた右手の枷を破壊し、そしてシオリの右手に収まった。
「えっ」
「あっ!」
驚くミナミ。
途端に目に正気が戻るシオリ。
すると今度はミナミの横を黒い人影が猛スピードで飛び過ぎた。
「魔歌音害」
ダッガァン!
勢いよく天井の顔面に飛来したのはオーヤだった。
着地のタイミングで一回転し、膝を折り曲げ、爪を立ててシオリの真横に張り付いた。
するとオーヤの髪がざわざわと波打ち始め、やがて辺り一帯に不快な軋り音を流し始める。
ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ………………
「え、あっ! あなたはッ」
シオリの目が見開く。
転身していてもわかる。
それはシオリがこの亜人世界に降り立った最初の数日間、敵としてトカゲ族と共に立ちはだかったあの魔女である。
実に一年ぶりの再会である。
あのころとは比べるべくもないほどのレベルアップを果たしたシオリだが、それでもこの魔女の恐ろしさという印象は、そう簡単には拭えるものではなかった。
「まんまと言霊にかかったようね、白姫」
「言霊?」
「ッ! チッ」
ドカンッ、とオーヤの前面で爆発が起こった。
「逃がさぬ」
ズァの発射した火炎弾である。
オーヤの両腕は硬質の黒い甲冑に覆われていて、焦げ跡は判別つかないが、ブスブスと燻された焦げ臭さが漂っている。
「しつこいわね、ズァ」
「ズァ? あの化け物が?」
シオリの知るズァは偉丈夫ではあったがヒトの姿をしていた。
だがオーヤがズァと言った相手はとてもそうは見えない。
「キマイラ。すべての力を集めて作られた、この世界の軍神。あれが三柱神のひとつ、力のズァよ」
「神……」
「そしてわたし……姫神たちの敵よ」
シオリが息を飲んだ。
目の前の、ズァと呼ばれた化け物。
それはあきらかに、こちらへ向けて絶対的な敵意を剥き出しにしているのがわかる。
「白姫、あいつの相手をしてちょうだい」
「ッ?」
「わたしの魔歌音害が流れている間は、この顔面の言霊も防御できるわ」
「言霊って?」
「大いなる存在のチカラ。奴の言葉は真実になる」
意外にも、魔女の頬を一筋の汗が流れ落ちた。
まさか、恐怖しているとでもいうのだろうか。
常に相手を小馬鹿にするあの魔女が。
「<語り部>。この世界は奴によって創られたのよ」
「創ったのではない。救ったのだ」
「しゃしゃり出ないでちょうだい、ズァ。気を付けなさい白姫」
「え?」
「ここまで知ったからには、もうアイツはあなたを許してはくれないわよ」
「そんな」
ポン、とシオリの肩を叩く。
「五分でいいから、時間を稼いで」
「えぇっ!」
「ズァ! 選手交代よ。あんたの相手はこの娘がするわ」
「どちらも逃がさぬ」
憤怒の形相を称えるズアと、微かな笑みをこぼすオーヤ。
二人に挟まれて困惑するシオリを置いて、オーヤはフッ、と姿を消してしまった。
「それじゃ、がんばってね」
ヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ………………
依然、周囲には空気を軋る異音が鳴り響いてはいた。




