433 魔女と光の剣
ズドッッォオオンンン……
突然の爆発音に衝撃、粉塵が舞う。
この広大な広場を囲う鋼鉄の壁が向こう側から爆発したのだ。
だがそれは敵の攻撃ではないようだった。
シャマンたちが咄嗟に身を伏せてやり過ごせたのは彼らが熟達した冒険者であり、危険を察知する感覚が秀でていたからに他ならない。
事実、彼らに殺到していた夜鬼どもは残らず吹き飛ばされている。
爆風に飛ばされ体を強打しうずくまる者。
熱風に肺をやられた者。
爆発に巻き込まれ燃え尽きた者。
数にものを言わせるだけの異形とは、踏んできた場数に差があるのだ。
熱と暴風を遮りながら、見上げた先に、黒い鎧に金髪の女と、それを追いかける獅子と山羊と竜の首を持つ化け物が上空を飛んでいった。
「あの怪物はなんじゃ?」
「女の方はさっきの魔女か。なら爆発も。危ねえ登場しやがる」
「あそこ! レッキスにゃ」
「なにッ」
「落ちてくるぞ」
メインクーンが指差した先、高みへと昇っていく魔女とすれ違う形で落ちてくる人影があった。
「レッキスだな。まずいぞ。あの高さから激突しては……」
遠目に見えるレッキスは、何とかしようともがいている様が見てとれる。
意識は保っているようだが、しかし自由落下による加速は身体の制御を許しはしなかった。
「クルペオッ、なんとかしろ!」
「<一の表護符・流感臨璃>」
すぐさま十数枚の符を取り出すと、それを束ねたまま団扇のように扇ぐ。
クルペオの符術は一から九の系統に分かれる。
それぞれに表と裏があり、表護符は攻撃系、裏護符は防御系の術技となる。
今繰り出した一の護符は風系統。
裏面の防御系は裏護符・防風臨。
四枚の符で風の防護幕を張り、対象に向かう投擲を逸らす事が出来る。
そして攻撃の表護符・流感臨璃は符を扇いで突風を起こす。
束ねた符の枚数により風力は増加する。
一枚ならそよ風程度だが、十枚以上を束ねれば大人すら浮き上がらせる。
流感臨璃により巻き起こる突風が、落下するレッキスを下から押し上げる。
「<七の表護符・尸分轟烈>」
風で落下に急制動のかかったレッキスに向かい、先ほどの爆発で飛び散った多くの瓦礫が飛んでいく。
七の護符は操系統。
符を貼り付けた物体を動かす事が出来る。
空中のレッキスの回りに飛んできた無数の瓦礫が浮遊する。
まるで空中に固定されているかのようだ。
それらを掴み、あるいは足場にすることで、レッキスはようやく自由に移動する事が可能になった。
「やっ」
安全な高さまで降りるとあとはひと跳び。
シャマンたちの前に無事降り立つことができた。
「大丈夫か?」
「上でなにがあったにゃ?」
「シオリさんはどうしました?」
駆け寄ったシャマンとメインクーンとアカメが口々に問いかける。
「私は大丈夫! それよりミナミは天井まで連れてかれたよ。そこにデッカイ顔があってさ、シオリとミナミを交換してやるって言うんよ」
「交換?」
「待て、デッカイ顔とは何かの比喩か?」
「比喩って?」
「例えのことだ」
「例えじゃないんよ! 本当にバカデカイ顔なんよ! そいつがここの天井にいて……」
イラつきながらウィペットに食って掛かるレッキスを必死になだめる。
しかし無理もない。
レッキスの報告は支離滅裂に聞こえ、一行にはようとして事態が飲み込めないのだ。
「ミナミもマユミもその顔の額に嵌め込まれちゃってさ、シオリもそいつの息で吹き飛ばされちゃったんよ」
「それでシオリさんは?」
アカメの問いにレッキスは首を横に振り、わかんない、と答えた。
「一体なんなんだよその顔ってよ」
「わかんないんよ。口調も偉そうだったり、ガキっぽかったり、ころころ変わってさ。自分の事を大いなる存在とか言うんよ」
奇妙な体験に同意を求めるレッキスだったが、アカメの強張った顔を見て口をつぐむ。
「どうしたん、アカメ?」
「大いなる存在……そう、言いましたか」
コクン、とレッキスが首肯する。
「心当たりでもあるのか、アカメ?」
「これは、予想以上にヤバいかもしれません」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「どこまで逃げるつもりだ魔女よ」
「逃げるですって? 私はちゃんと、真っ直ぐ目的に向かってるわよ」
上へ上へ。
コウモリのような羽を開き高速で飛んでいくオーヤの後を、ドラゴンのような羽を広げてズァが追う。
その姿はキマイラ化したことで恐ろしさを増していた。
左肩から生えた竜の首の口腔内が赤熱する。
炎を溜め込んでいるのだ。
「ッ!」
ボゥッ、という轟音と共に渦を巻く火球が発射される。
オーヤは臆せずヒラリとかわすが計ったようにそのタイミングで炎が弾ける。
「チッ」
金髪を打ち振るい迫る火の粉を掻き消す。
「んッ」
するとオーヤの視界に上から落ちてくる物が見えた。
くるくると回りながら落ちてきたのは刀身のない剣の柄だった。
「あら、もしかして」
それをキャッチすると突然反転してズァへと肉迫する。
「む」
オーヤがその柄を振るうと物体のない光の刃が出現し、ズァの腕を切り裂いた。
残念ながら骨まで達することはなかったが、ドクドクと赤い血が流れ出す。
「なるほど便利ね。魔力で精製された光の刃か」
二度三度と光の剣を振る。
「貴様」
空中で対峙したズァが魔女を睨み付ける。
「それは白姫の神器だ。何故貴様が使える?」
フ、とオーヤが笑む。
「さあ、何故でしょう」
魔女の相手を小馬鹿にするようなニヤニヤ笑いに、ズァは大きく息を吸い込んで巨大な鉈を両手でもって構え直した。
それだけで肉体の、筋肉の厚みが増したようだった。
「よかろう。どんな小細工だろうが粉砕してくれる。この〈力のズァ〉がな」




