427 狭くて愚かしい世界から
「宇宙……これが…………」
シオリの解答に得心がいったのは、おそらくアカメだけのようだった。
そのアカメにしろ、惑星や天体に関する知識は本に書かれた文章表現とイメージを助ける挿画で得ているだけであり、抱いていたイメージとその光景の差異に今なお戸惑っていた。
もっとも、シオリにしても実際に宇宙に来たことなどない。
写真や映像で見たことがあるだけで、他の連中に胸を張れるようなものでもないのだが。
「なるほど。あれが私たちの住む大地、ですか」
視界の下半分を占める、青い領域を眺めるアカメの声にも、感動と畏怖が入り混じっていた。
「てことはだ」
シャマンが納得いった風で声を張り上げる。
「この窓ぶち破ってあそこまで行けば、オレたちゃあ、ちゃんと戻れるってわけだな」
「言うと思った……」
「な、なんだよシオリ? 違うのか?」
シオリが嘆息した事に、シャマンは理解ができなかった。
「しかし、ここが宇宙とは、困りましたね。帰り道は特定の場所に固定されていると考えるべきですね」
シャマンの狼狽を無視してアカメはシオリに告げる。
「来たときみたいなところに?」
「ええ。これはちょっと…………」
そこでアカメは次の言葉を飲んだ。
――この戦力で来るべきではなかった、と。
「とにかく、場所の雰囲気はわかった。奥へ進むぞ。進むしかねえだろ?」
シオリが頷いてくれたので、シャマンの言葉に従い、七人は再び広い通路に戻り、要塞の奥へと探索を再開した。
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「思い出の地図」
今オーヤの使った術技は、一度行き来したことのあるダンジョンの構造を、右目の視界内に平面図として映し出すものだ。
空間を操る術に長けたオーヤにとって、とるに足らないものだった。
「半分ぐらい未踏破ね」
しかしこの術技で視えるのは、あくまで一度通った道だけである。
この浮遊要塞ゴルゴダ内部を、魔女は半分も探索し終えていることになる。
「探し物は、やはり未開のエリアでしょうね」
鋼鉄に覆われた要塞内を歩くオーヤが足を止めた。
体全部から危険を知らせるシグナルが発せられたようだった。
その原因はすぐにわかった。
「何を探しているというのだ」
低く押さえた、だが相手を畏怖させるに十分な声だった。
正体はわかっている。
確認するまでもない。
予想の通り。
声のした方を見ると、暗がりから威圧的な気配を漂わせた威丈夫が姿を現していた。
「ズァ……」
はぁ、と魔女が大きく息をつきながらうなだれる。
「出てくるのが早すぎるでしょう」
顔を上げると、少々うんざりした声音で応じた。
「大広間ででもデン、と待ち構えていられないわけ?」
だがズァの表情は硬い。
魔女の茶番に付き合うつもりはなさそうだった。
「好き勝手に這い回るネズミが、中枢へ辿り着くのをただ待つつもりはない。ここは世界にとって神聖不可侵な場所だ」
「ラスボスには適さないわよ。その考え方」
「貴様ら姫神の使う表現はいつも解さぬ」
「フン。勝手に連れてくるんなら、ちゃんと日本の文化についても下調べしときなさいよ」
「つまるところ、復讐か」
「なによ、急に」
「貴様から怒気を感じる。自分の運命を呪うより、他者に対する恨みで生きているようだ」
「あなた……」
オーヤが心底あきれたという表情になる。
「なぁんにもわかってないのね」
「…………」
「それでよく三柱神が務まるわ。所詮<力の化身>は破壊するしか能がない。<心>や<智慧>には及ばないのね」
「……」
臆すことなくオーヤは続ける。
「私はね、感謝しているのよ。身勝手な神々に」
フフ、と笑うオーヤ。
その目は十代の少女が将来の夢を語る時の、挫折など知らず、苦悩など知りようもない、キラキラとした理想の世界を信じてやまない、無垢な雰囲気で彩られていた。
「私ね、実は結構な上場企業に勤めていたのよ。二年目だったけど、同期の誰よりも優れていたわ。友達も多かったし、もちろん男だって好きなだけ選べたんだから。……あのままの生活が続いていたら、絶対に誰だって羨むような人生を過ごしていた…………けどね」
冷めた目でため息をつく。
「同時に、世界の狭さと愚かさにも辟易していた」
ギュッと拳を強く握りしめる。
「上司も同期も取引先も、政治家もマスコミもそこらを歩いてる知らない連中も全部。救いようのない奴ばっかりって思ってた。いくら殴っても殴り足りない気持ちの毎日よ。わかる?」
「……」
不意に右手を振るい、離れた位置に爆発を生じさせる。
赤く煌めいたズァの顔に表情はなかった。
「つまらなかったわ。絶望してたのかもしれない。このオタクが泣いて喜びそうな、非常識な世界に連れてこられるまではね」
「…………」
「あなたからすれば姫神なんて、この世界を維持するだけの生け贄に過ぎないんでしょ。でも私はね、管理者から逃れてこの世界で四百年以上を生き延びた。優秀だと思わない?」
「稀有ではあるが、お前だけが例外ではない。過去、逃げおおせた姫神もいる」
「そう」
不敵な笑みを取り戻したオーヤの姿勢が少し変わる。
「じゃあ、あなたに取って代わろうとする姫神は、私以外に何人いたのかしら、ねッ」
ゴォッン、という轟音と衝撃と重圧が、一帯を支配した。




