426 鋼鉄のウォーシップ
「ギワラはここに残って拠点確保に努めてくれ」
シャマンの要請にギワラはコクンと頷く。
「半日経っても戻らなかったら町へ……」
「問題ありません。後続にここへのルート確保を命じてあります。すぐにもここは我々の監視下におかれます」
毅然とした物言いにヒュウッと口笛でシャマンは応えた。
「さすが、頼もしいぜ」
向き直るとシャマンは開いた扉の前にいるメインクーン、ウィペット、アカメの元へ向かった。
「罠はないにゃ」
「明かりを照らしても中が見えないな」
カンテラを入り口で捧げ持つウィペットだが、闇の口は黒い壁のように光を遮断している。
「ここを潜ればまったく別の場所へと転移するのでしょうね」
「門というやつか」
アカメの返答にウィペットも解答を得る。
「隣の部屋への入り口とは訳が違うんだにゃ」
「その先がゴルゴダなんだろ」
そう言ったのは今しがた立ち上がったレッキスだった。
シオリの術技で傷は完治し、気合いを入れるように腕や足を屈伸している。
「行けるんだな? レッキス」
「見た通りなんよ」
「茶化すな。進退がかかってるんだ」
「万事オッケー。邪神だろうが破壊神だろうが相手にとって不足はないよ」
レッキスがオーヤの投げ捨てた大剣、ミナミの神器、土貴王飢を背負い直し、胸の前で固く紐を結ぶ。
「よし」
シャマンの心中もこれ以上揺るぎのない決意が固まった。
「この先はオレたちが探していたゴルゴダだ。たぶんミナミはそこで、オレたちの助けを待っている。気合い入れてくぞ、お前ら」
全員が力強く頷く。
「アカメ。お嬢ちゃん。お前らをこれ以上巻き込む気はない。だが助かった。礼を言うぜ。戻ったら……」
「待ってください。私たちも行きますよ。ねえ、シオリさん?」
「はい。もちろん」
「あ? けどよ……」
「姫神の謎を解き、シオリさんを元の世界に帰すのが私たちの目的です」
アカメの台詞に一瞬、シオリが目を伏せる。
「私たちにもゴルゴダに行く用事があるのですよ」
「わかったわかった」
この中で一番頭がキレるのは悔しいことにアカメだ。
知識だけでなく応用力と肝の座った行動力がある。
そして一番戦闘に強いのは悔しいことだがシオリだ。
姫神であることもそうだが傷を癒す回復能力は心強い。
この二人に対しては、こちらが心配するようなものではないのだ。
「となればとっとと行くぞ。いつまでもこの入り口が開いてる保証はねえからな」
扉の前にシャマンが立った。
「オレとクーンが先行する。三十秒したら続いてくれ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
きっちり三十秒後、ウィペットとレッキスを先頭に、アカメ、シオリ、クルペオの順に扉を潜った。
一瞬、全ての感覚が消失し、どこまでも落ちるような、どこまでも漂うような、そんな不安を覚えたが、気付けば両足は大地を踏みしめていた。
石ではなく、土でもない。
ましてフカフカの草の上などでもなかった。
地面は硬かった。
「鉄ですね」
コンコン、コココン、と革靴の爪先で床を蹴ると、アカメは周囲の確認に入った。
そこはほのかな光が点在する、薄暗い通路だった。
通路は意外と広かった。
横に手を伸ばした大人が五人は並べる幅がある。
背後は壁だが、正面は先が見えないぐらいに長い。
天井は緩やかに湾曲していて、通路の真ん中になるほど高くなる。
その高さは十メートルぐらいあるだろうか。
レッキスが得意の得物を振り回しても当たることはないだろう。
だが幸いにも、その得物を必要とする相手はいないようだった。
「私たちが入ってきた扉がありませんね」
アカメの指摘した通り、背後には黒い鉄の壁があるばかりだ。
「帰るときは別の出口を探せという事じゃな」
「あそこだ」
ウィペットが指差す先に先行したシャマンとメインクーンがいた。
右側の壁に張り付き、手招きしている。
「灯りは必要ないぞ」
シャマンの言うとおりだった。
高い天井や壁には等間隔に光りを発するガラス菅が嵌め込まれている。
カンテラの火を消すと柔らかな赤い光から、硬質な白光が周囲を浮かび上がらせた。
しかしそれでも闇の領域がなお多く、静寂と相まってうすら寒さを強く感じさせる。
「ずいぶん変わった建物だ。こんな建築見たことねえ」
全員が同感だと頷くなか、シオリだけは違った感想を抱いていた。
(ここってなんだか、鋼鉄の軍艦にでもいるみたい)
もちろん乗ったことがあるわけではない。
テレビや映画でそれっぽいのを見たことがあるだけだ。
それでも二年近くを過ごしたここ、亜人世界には、結して見られなかった風景だ。
シオリの脳裏にいつか見た赤い鉄骨が思い出される。
(あれも東京タワーに似ていたっけ。けどまさか……)
「魔女はどこにいるんよ?」
シオリの思考をレッキスの声が遮った。
「見当たらねえ。ずっと先を行ってるんじゃねえか?」
「で、お主らは何をしておったんじゃ?」
シャマンとメインクーンは壁に張り付き何かを調べていた。
「ここに扉らしきもんがあるだろ。鍵とか罠とか調べてんのさ」
「あったの?」
「ないにゃ。罠どころか鍵穴もドアノブもないにゃ」
目の前にあるのは重たい鉄の扉、らしきもの。
しかしメインクーンをもってして、その構造のなにひとつ解明できなかった。
「じゃあ入れない?」
「この縦に細いスリットが怪しいんだけど……ふにゃぁ」
お手上げだ、と自前の盗賊道具を仕舞い込む。
「開かないなら先へ行くか」
ぞろぞろと、だが恐る恐る、一行は広い通路の果てを目指して歩いた。
しばらく歩くと視界が広がった。
通路の右手側に広々とした空間があるのだ。
奥の壁一面はガラス張りで、星々の煌めく夜空が美しく瞬いている。
暗い広間に星明かりが微かに眩しい。
「夜みてえだな」
「でもさ、なんかさ、星が近くない? 気のせい?」
「それにさ、下の方に海が見えるよ。夜なのに青い海が」
ガラス張りに近付くと一行は息を飲んだ。
「なんだ? あれは海ではないぞ」
「あれは……」
事態を飲み込めたのはシオリだけだったかもしれない。
「なんだあれ?」
「夜じゃないです」
「んあ? 違うのか? じゃああの青いのはなんだよ? この星空は」
完全に自信があるわけではなかったが、シオリの答えは疑いようもなかった。
「ここはたぶん、宇宙……あの青いのは海じゃなく、地球です」




