425 シャマンの判断
「転身……姫神……魔姫梟狼」
黒い風が渦を巻いて魔女を覆い隠した。
塵や埃、小石や瓦礫までもが巻き上げられる。
「くっ、転身だと! あれはミナミの神器だぞ」
「アカメが言っていた。シオリも一度、あの剣で白姫になれたと」
「でもあいつは元姫神にゃ! 違うの?」
風が収まってきた。
徐々に魔女の輪郭が現れ始める。
「どうやら、本物みたいだぞ」
カランカラン、と音を立てて、放られた金色の大剣が転がる。
「……ふう。懐かしいわ、この感じ」
そこに、オーヤが立っていた。
全身、黒い硬質な鎧に覆われていた。
身体中の血管を表すかのように、黒い全身に赤い筋状の細いラインが縦横に走る。
手も足も指先が鋭利な爪のように長い。
細身の全身鎧だが、関節の固い部分はこれまた鋭利な刺々しさがある。
そして長い金髪だけはそのままに。
金眼は、赤く染まっていた。
まさに、悪魔のようなデザインだった。
「どう思う?」
「そんなに変わってなくねえか?」
「シオリやミナミは羽生えたり尻尾があったりしたしのう」
「たぶん普段からあの変身姿に近い格好をしてたんだにゃ。あの黒いレザースーツ」
「おめえも似たような恰好じゃねえかよ、クーン」
「私は盗賊だから都合がいいにゃ。魔女ならローブを着ているべきにゃ」
そっとオーヤが振り返る。
「あなたたち、好き勝手言ってくれるのね」
「は、ははは。怒んなよ」
「冗談にゃよ」
「バッ、余所見するな! 後ろ……」
ウィペットが慌てた声を出す。
こちらを見るオーヤの背後で青い球体が発光した。
光った、と思ってからでは遅いのだ。
青い熱線が命中するとオーヤを焼却する。
「ふぅ」
いや、そうはならなかった。
熱線は眼前でねじ曲げられ、消えていた。
何処へ?
オーヤの顔の横、空中に長い金髪がクルクルと輪を作り、その中心へと飲み込まれるように、青い光の筋は消えていた。
「ぐぉっ」
「にゃあッ」
シャマンとメインクーンが振り回されて腕を放す。
オーヤを強敵と見てとった六本腕が腕を振り回し、シャマンとメインクーンの拘束を引き千切ると、強力な打撃力でオーヤを叩き潰そうとした。
すると一斉に金髪が大きな円を描き出す。
奇妙な事に、ヴァシュバの最初の拳がその円に触れた途端、巨大な左半身ごと、空中で吸い込まれるように消えてしまった。
バツン!
耳の奥にぶち当たるような衝撃音が辺りに響く。
するとヴァシュバの巨体は縦に左半分が失くなっていた。
「消えただと」
「境界線の彼方。私の得意な術技なのよ。フフ、この感じ、ひさしぶりっ」
効果を確認するオーヤの顔は実に楽し気だ。
青い球体が急速に発光する。
シュパパパパパパッ!
球体の全体から無数の熱線を放つとそれらは屈折し、全てがオーヤ一点に向けて集束される。
「こんなのもあるわっ」
空気が光ったようだった。
オーヤに向けた熱線が反射され、青い球体に直撃した。
反射された太く青い熱線は、空気に焦げた匂いだけを残し、球体を消滅させていた。
「あっという間に片付けちゃったにゃ……」
「まずまずね」
自分の全身を眺めながらオーヤが呟く。
そして奥の扉へと向かい歩きだした。
「あ、おい、待て……」
「待たないわ。四百年も待ったのよ」
「どこ行くにゃ」
「ゴルゴダよ。あなたたちも来たければどうぞ」
「ッ……」
全員息を飲んだ。
彼らが探していた浮遊要塞ゴルゴダへの扉が目の前にあるという。
「シャマン……」
メインクーンが判断を目で訴える。
通常なら迷うことはない。
オレたちも行くぞ! そうシャマンなら号令をかけるだろう。
だが今は……。
「レッキスの呼吸が荒くなっておる。ちゃんとした治療をせねば、命に関わるぞ」
クルペオの声は厳しい現状を伝える。
「戦力を分けるか? この先を知らずに帰るのは……」
「いや、だめだ。全滅しかねねえ」
オーヤはその様子を見て、正面に向き直ると、もう振り返ることもなく扉へと向かった。
カツ、カツ、と地面を踏む靴音だけが響く。
行くか、戻るか。
シャマンはこの靴音が、決断するまでに残されたカウントダウンにしか聞こえなかった。
「シャマン……」
「シャマン」
「ぐ……」
扉へたどり着いたオーヤが手をかざすと、フッと石の扉が消え去った。
一瞬オーヤの長い金髪がふわりと翻る。
あの扉はいつまで開いているのか。
オーヤの力で開けたのか、それとも番人を倒したので未来永劫に開いているのか。
答えはわからない。
出直して、間に合う保証はない。
「はぁ、はぁ」
レッキスの荒い呼吸だけが耳に響く。
とうにカウントダウンは消えていたが、シャマンは判断を下せなかった。
振り返りもせず、オーヤは開いた闇の中へと消えていった。
「……目を覚ましたらレッキス、怒るだろうね」
「仕方がない。難しい判断だ。リーダーの決定に従うのがオレたちのルールだろ」
「そうとなれば急ぎ戻るべきじゃ。シャマン」
「ああ、そうだな……」
右腕にクルペオの符を貼りまくったレッキスをシャマンが抱え上げる。
「クーン、先行して様子を伝えてくれ。帰り道にもバケモノはいるからな」
「ラジャー」
猫の癖に脱兎のごとく走り出したメインクーン。
後を追う形でシャマンたちも歩きだした。
のだが、すぐに歩を止めた。
「あ?」
メインクーンが走って戻ってきたのだ。
後ろ手に何かを掴んで戻ってくる。
「シャマァン! ラッキーにゃぁぁ」
「あ、あいつ、誰か連れてきたぞ」
メインクーンに手を引っ張られ、あたふたと一緒になって走ってくる人影に見覚えがあった。
白い旅装束に少し茶色がかった長い髪を首もとで二つに束ねている。
まだ少女と言える人間。
「シオリ! シオリじゃねえか」
「白姫連れてきたにゃあ!」
会心のドヤ顔をしたメインクーンと、訳も分からず追走するシオリ。
さらにその後ろをヒィヒィ言いながら必死についてくるもうひとりの影。
息を切らせながらドタドタと滑稽に走るのはカエル族の秀才。
そのアカメを半ば介護するかのように付き添う女盗賊ギワラもいた。
「はぁはぁ、間に合い、ません、でしたか」
到着したアカメが膝に腕を伸ばし体を支えながら、息も絶え絶えに訪ねる。
シャマンは背後を振り返った。
奥の扉はまだ闇の口を開けている。
ニヤリとした笑みが思わずこぼれ出る。
「いいや、間に合ったさ」




