423 残り五本
「むっ」
去りかけた威丈夫が足を止めた。
暗い床を見つめているが、その目は床を貫いて、さらに下方を向いているように見える。
「ヴァシュバとインシャラ、動いているな」
「ナニがナンだって! ボソボソしゃべんな! あんた陰キャすぎんのよ、ズァ」
威丈夫、百獣の蛮神ズァに対し、恐れも知らずに食って掛かる声がこだました。
次いでガチャガチャと金属の擦れる元気な音が追随する。
「しぶといな、桃姫。ここに来て二ヶ月が経つというに、まだそのような元気があるか」
ズァが見上げると十字架に拘束されたマユミが枷を外そうともがいていた。
「いいからコレを外せ変態! 女を磔にして喜ぶなんてキモすぎんのよッ」
「三十時間したら外してやる。その後十時間の休息をやる。そうしたらまた三十時間だ」
「いつまでそれ繰り返させんの……あ、やめ…………」
ナイト・ゴーントと呼ばれる、全身黒いゴム状の悪魔がマユミの口に枷を嵌めた。
丸い穴の空いた、口を閉じられないフェイスクラッチマスクに、何処からか伸びたチューブを挿される。
容赦なく喉の奥まで伸びたチューブから、更に何かが口腔内に張り付く感触があったが、それがどのようなものなのか。
何度体験してもマユミにはわからない。
マユミはボディラインがくっきりと出る、桃色の全身スーツを着せられ、そのスーツの至るところから同じようなチューブが背後に向かい伸びていた。
十字に磔られたまま、三十時間を無為に過ごし、その後荒っぽく水槽で身体を洗われると、有無を言わせず眠らされる。
そして目が覚めたらまたこの磔。
とうに時間の経過は把握できずにいたが、ズァが言うには二ヶ月が経過しているようだ。
(多分、ここがバンの言っていた姫神の処理場、ゴルゴダね)
周囲にはマユミが磔られているのと同じ十字架が他に六本。
五本は無人だが、一本だけ人影があった。
(シャマンたちの探していた金姫……)
横を見ると、そこには同じように金色のスーツを着せられ磔にされた女がいた。
マユミが連れてこられた当初こそ、弱々しいながらもその瞳に感情の揺らぎが見られたが、ほどなくしてそれもなくなった。
以来、なんの感情を見せることもなく、人形のように項垂れている。
「そうだ。お前も金姫のように、時期に慣れる」
ズァはその巨体にみなぎる豪気とは裏腹に、音もたてず、静かに暗闇の中へと溶け込んでしまった。
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六本の腕にそれぞれの武器を持つ、巨大な石像の攻撃を、シャマンたちは必死になって掻い潜った。
間違っても一撃だって貰うわけにはいかない。
食らった途端、全身がひしゃげて終わりだ。
それだけの重量差。
斬られるとかそんなサイズではない。
「ウィペットは盾役でしょっ! 止めてよっ」
「攻防力の計算もできんのか、レッキス」
珍しくウィペットが軽口に付き合っている。
余裕なのか、それとも気を紛らしているだけなのか。
「ったく、冗談じゃねえぞ、このダンジョン! なんて高レベル帯だよ」
「この番人どもをかわして、奥の扉へは行けぬか? クーン」
「そんな不義理をあの魔女が許してくれるかにゃ」
防衛システムと呼んだこの番人は二体いる。
そのためシャマンたちは腕前を試された挙句、一体を強引に押し付けられたのだが。
「その魔女はなにしてる!」
魔女、オーヤはもう一体の防衛システムをひとりで相手取っていた。
これまた巨大な青い球体から時折青い熱線が照射される。
それをヒラリヒラリと、金色の長い髪と黒いマントを翻しつつかわし続けている。
「よく避けるわ」
「感心してる場合かよクルペオ」
「しかしあれの相手はワシらには無理じゃ。よう見てみ」
完全なるただの球体である。
砲身などはなく、どの角度に熱線が飛び出るかはわからない。
もちろん射手などもいないので、どのタイミングで熱線が飛び出るかもわからない。
しかも光ったと思った瞬間には、もう回避行動を終えていなくてはとてもじゃないが間に合わない。
「ワシらに人型をあてがったのは奴の思いやりかの」
「チッ、舐めてくれやがる」
「魔女か。アカメたちはあんなのを相手にしてきたのか」
「修羅場の数なら負けてねえ! こうなりゃ意地でもコイツをぶっ壊すぞ」
シャマンは攻撃態勢に入っている六本腕の石像の正面へと走った。
六本腕の振り下ろす剣の真下に仁王立ちする。
「ドゥオリィヤァッッ」
左腕を突き出すと、剣の直撃に合わせて剛力駆動腕甲に装填された鋼鉄の棍棒を撃ち出した。
ガッゴォォォン!
打ち合わされた衝撃に塵と埃、シャマンの左肘部分から噴出された蒸気が一帯を覆う。
口の端を噛み締めながら、シャマンは会心の笑みを見せた。
六本腕の剣は握った手首もろともに砕け散っていた。
「炎炭石丸々一個ぶんの一撃だ。高価くつくが、残りの五本も粉砕してやるぜッ。クソッたれ」




