422 防衛システム
一羽の鳩が飛んでいた。
ここは広い青空の下ではない。
地下深く、入り組んだ迷宮の奥底である。
石の壁に囲まれた広い空間ではあるが、見上げても空はない。
明かりも届かない高い天井と、周囲に立ち並ぶ異様な姿を象った戦士の巨像が睥睨するばかりである。
そのような場所にかような光景は似つかわしくない。
オーヤがその不思議を見つけたとき、すでに鳩は硬直して立ち尽くす、ウィペットの肩に止まる瞬間であった。
「渇ッ」
鳩が触れた途端、気の付いたウィペットから裂帛の気合いがほとばしった。
ビリビリと空気が震えるほどの気迫に、立ち竦んだ全員がビクッ、と身体を震わせた。
「へぇ」
オーヤは素直に感嘆した。
「よく破ったわね、石化」
「謀るのはよせ。今のは石化などではないだろう」
肩をコキコキと鳴らしながらウィペットが仲間の姿を確認する。
誰も身体が石になどなっていなかった。
「う、うぅむ、オレたちはいったい……」
額を抑えつつ、シャマンが事態の把握に努めようとしている。
「瞬間催眠だ。メデューサという怪物を模した姿に、強力な魔力に充てられて、我らは幻覚を真実と思い込まされていた」
「そうよ。冷静な上に博識なワンちゃんね。それにキツネさんの符術、あの鳩が精神を切り替えるスイッチ役だったのね」
相手が魔女であることから、あらかじめ幾つか立てていた予想戦術が当たったにすぎないのだが。
「術技を弄する女が仕掛ける術など先刻承知の上、ということじゃ」
せっかくなのでクルペオは強がって見せた。
「なるほどね」
オーヤはなにやら満足そうな笑みを浮かべて一行を見渡した。
「な、なんでえ? ようやくオレたちの強さを思い知ったか」
「ええ、そうよ」
「なにぃ」
ハッタリを素直に認められ、思わずシャマンは腰が砕けそうになる。
なんともやりづらい相手だ。
「ならとっととあんたの目的を吐くんよ!」
代わりにレッキスがオーヤに詰め寄ってみせた。
返答次第で今にも戦闘を再開しかねない貌を見せている。
人を食ったこの魔女が気に入らない。
だがミナミを助けるヒントを何か持っている。
そう確信めいたものが感じられたのだ。
レッキスは苛立ちを隠さなかった。
「あそこよ」
オーヤが自分の背後を指し示す。
広間の奥の奥、そこにひとつ、石の扉が見えた。
重そうではあるが変哲のない扉。
「取手も鍵穴も見えないにゃ。それに扉の上部、あの鈍く光る青い晶石はたぶん魔法装置。開閉か罠かは調べてみないと」
遠目からでもメインクーンの見立ては間違いがなかった。
「あの先へ行こうと思っているわ」
「あの先……何があるんよ」
「浮遊要塞ゴルゴダ」
「ゴッ、なんだって!」
ヒントどころではなかった。
レッキスが探し求めていたドンピシャの答えであった。
「ゴルゴダの名を冠する遺跡は各地にある。その中心が奴らの総本山、すなわち浮遊要塞ゴルゴダ。そこに繋がっているわ」
「ミナミもそこに……」
「誰かしら?」
「姫神だ。オレたちの仲間だ」
「そう。もう捕まったのね。でも安心していいわ。絶対に生きてるから」
「なんだと」
「慰めの言葉なんていらないんよ」
フフ、とオーヤの口許が笑う。
それは嘲笑うというよりも、どこか自嘲めいている。
「慰めではないわ。奴らは姫神を殺したりはしないのよ。なぜなら……」
自らの両腕を抱きながら、オーヤは絞り出すように言う。
その声には怒りが滲んでいるように聞こえた。
「なぜなら奴らにとって、姫神は希望の花だから」
「あ?」
「わたしたち、だと?」
「お主も姫神だというのか?」
「待て。そんなはずはない」
ウィペットが勢い込む一行を落ち着かせようとする。
「姫神の出現は一時に七人だと決まっているはずだ」
「そうだぜ! そしてすでに七人の姫神の素性は割れている」
「ああ、ハイランドの白姫シオリ、桃姫マユミ、エスメラルダの銀姫ナナ」
「アカメが言うには他にマラガの黒姫とアーカムの藍姫じゃな」
「あとは赤いクァックジャードが探している紅姫と」
「ウチらの仲間、金姫ミナミで七人なんよ」
「だな。じゃあやっぱり、テメーは誰なんだ!」
オーヤの表情はひとつも変わらない。
静かに見つめ返してくる。
「待つんだシャマン。我々はもうひとり、姫神を知っている」
「あ? ウィペット、誰だそいつは」
「バンだよ」
「あっ、あの元姫神とかいう白ダヌキか」
「ッ……」
初めて、オーヤの瞳が戸惑いの表情を見せた。
だがそれは刹那で、とても微かな揺らぎに過ぎなかった。
「まだ、生きているのね……チホ」
オーヤの呟きを聞き取れた者はいない。
「てことはテメーも元姫神のクチか。だからってオレたちがビビるなんて思わねえこったぜ」
「別に私たちは敵対することもないわ。目的は一致したのだから」
「なに!」
「私はゴルゴダへ行きたい。あなたたちもでしょう?」
シャマンが一行を振り返る。
レッキスは真っ先に頷いていた。
緊張した面持ちではあるが、覆せない覚悟が見てとれる。
「唐突に山場が訪れたもんだな」
「待て。魔女よ、なぜそんな話をする? 行きたければ、我らに構わず行けばよかろう。なにゆえ……」
「自分たちの力を試されたのか、かしら?」
「む」
言い当てられてウィペットが口淀む。
「オレたちを試しただと? さっきの戦闘がか」
「あなたたち、なかなかいいわよ。特にチームワークが効いてる。個人よりも団体戦に強みを発揮するようね」
「舐めやがって」
とはいえ魔術を駆使する相手はシャマンが最も苦手とする部類だ。
現に先ほどはなす術なくやられている。
仲間がいなかったらどうなっていたことか。
「私も仲間が欲しかったのよ。けどここまで生き残れなかったの」
「よく言うぜ! 弾除けに使ってただけじゃねえか」
「あいにくウチらは利用されたりしないにゃ」
「フフ、そう言ってられるかしら」
するとオーヤがなにやら青い宝玉を取り出す。
手のひらに収まるサイズのその宝玉は、扉の上部に光る晶石に反応を示した。
「これは鍵よ。この扉を開けようとするとね、門番が動き出すの」
「なっ、待て! オレたちはまだ行くとは……」
ゴゴゴゴ、と地鳴りが響いたかと思うと、高い天井に届かんばかりの巨大な石像が動き出した。
壁に沿うように並んだ幾つもの彫像。
そのうちのひとつ、六本の腕にそれぞれ武器を持った戦士の彫像だ。
「ゴーレムか!」
「要塞の防衛システムよ。さすがに二体を相手は骨が折れるから、そっちはお願いね」
「二体だと?」
勝手に起動しておいて、と愚痴りたいところだが、そのような暇はなさそうだった。
先ほど宝玉にに反応した壁の青い晶石が、壁を破壊しながらせり出してきたのだ。
これもまた、予想に反して巨大な青い球体である。
「そいつもかよ」
「じゃあお願いね。期待してるわよ」
「待て、お前が相手を決めるな……」
ピカッ、と青い球体が輝くと、一条の光線が背後の壁を撃ち抜いた。
「こいつは無軌道の移動砲台よ。あなたたち、人型の方がまだしもやりやすいでしょ?」
「ぐむ」
「気を引き締めてかかりなさい。私にとっては中ボスだけど、あなたたちからすれば物語のラスボス。そうそう、あのガトゥリンと同じ魔神将クラスだからね」
「なんだとォッ」
待ったなし。
二体の防衛システムは、起動し、戦闘行動にフェーズを移した。




