405 カエル狩り
「なんだかゴチャゴチャした街だなあ、マラガというのは」
「キョロキョロするなデシ。みんな振り向いていくデシよ」
とある日の午後、ついにウシツノとバンは悪名高き盗賊都市マラガに足を踏み入れていた。
噂に聞いていた通りの街並みで、多くの商店が軒を連ね、雑多な種族が道を行き交う、故郷のカザロ村とは全く異質な空間だと思わせた。
ただ人間の多いハイランドとは違い、カエル族のウシツノが周囲から浮くこともない。
と思われたのだが、にも関わらずすれ違う人々が時折こちらを振り返り怪訝な顔をするのが不可解であった。
「お前が珍しいんじゃないのか、バン?」
いかに亜人世界と言えど、しゃべる白いこタヌキは物珍しい。
「精霊か、ともすれば妖怪の類いと思われても仕方ないだろう?」
「失礼な! バンは元姫神デシよ」
「その説明で納得する奴に出会ったらさすがに警戒しないとな」
「むむむ」
ハハハと笑うウシツノにバンはへそを曲げてしまう。
「それにしても、聞いていたほどには活気はあまり感じられないな」
ウシツノの言う通りだった。
トカゲ族に蹂躙されたマラガは往時の活況から程遠い。
陳列された商品棚も空きが目につき、需要に対し十分な供給量が足りていないのがわかる。
道行く人々も言葉少なく、どこか警戒心を持って足早に去る者が多い。
「それでウシツノ」
「ん?」
「当てはあるデシか?」
この街にアマンがいた、らしい。
今もいるかはわからない。
「聞いて回るしかないかな」
「骨が折れるデシよ」
バンがうんざりした声を出したのと同時だった。
「隊長ォ! ここにもいましたッ! カエルです」
すぐ近くで叫ぶ声が聞こえた。続けて、
「おい、貴様」
背後から声をかけられた。
シューシューと少し息が漏れるような、聞き取りずらい嫌な声。
このようなしゃべり方をする連中にウシツノは見に覚えがある。
町中を我が物顔で闊歩しており、先程から嫌でも目についていた。
振り返ると案の定、そこに数人で徒党を組み武装したトカゲ族が、武器をチラつかせながらウシツノを威嚇していたのだ。
周囲の人々がささっと遠巻きになる。
中には急いで軒先の品物を引っ込め戸締りまでする者もいる。
荒事になるのを察したのだろうが、悲しいかな、その動きは無駄がなく、いかにこのような事が日常的に繰り返されているかが偲ばれる。
「貴様、カエル族だな」
「ん? そうだが」
上からねめつけるトカゲどもに対し、ウシツノは臆せず答える。
「堂々と往来を行くとは、オレたちトカゲ族を舐めているようだな」
「はあ? 何故そうなるんだ」
「とぼけるんじゃねえッ」
最初から怒気をはらみ威圧してくる相手が何を求めているのかいまひとつわからない。
「いや、オレたちはこの街に着いたばかりで事情が飲み込めないんだが。何をそんなに怒っているんだ」
「着いたばかりだと? ほう、そんなウソが通用するとでも思っているのか?」
「ウソだって?」
ウシツノが眉をしかめる。
「隊長、カエルですぜ。片っ端からやっちまえばいいじゃないですか」
「カエル族というだけでも証拠は十分ですぜ」
「オレもそう思う。この野郎、チビなカエル族には不似合いな刀をぶら下げやがって。いっぱし気取りだな」
「おい、待て。なんの話だ。人違いじゃないか?」
ちっともウシツノには話が見えてこない。
「まだシラを切るか! 貴様も奴を隠し立てしているのだろう」
「奴?」
困ったな、とバンと目を合わせる。
いい加減ウシツノもイラつきを覚え始めた。
「なあ、何を勘違いしてるのか知らんが、オレたちは……」
「黙れ! むっ、さてはそうか……貴様がアマン本人だな! 黒姫を何処へやった」
「ア、アマン?」
「構わねえ。どのみちこの街にいるカエル族は全員ぶっ殺してもいいと許可が下りてる! こいつもやっちまえば同じことよ!」
「ちょっ、待て。今アマンと言ったか?」
「者共、やっちまえッ」
困惑するウシツノに武装したトカゲ兵十人ほどが襲いかかってきた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「う、うぅ……ぐっ」
ドン!
顔のすぐ目の前に分厚い刀が突き立った。
隊長と呼ばれていたトカゲ族は地面に這いつくばりながら刀を握るカエル族を必死になって見上げた。
恐ろしく剣の腕の立つカエルだった。
十人いた部下が誰ひとり、このカエルに傷ひとつ負わすことが出来なかった。
そして自分もあえなく地に臥せっている。
その自分の喉元すぐそばに刀の刃がそそり立っていた。
このカエルがその気になれば、自分の首なんぞ即座に斬り飛ばすことが出来るだろう。
「アマンはこの街にいるんだな?」
ウシツノの背後にトカゲ族の戦士たちが累々と横たわっているのが見える。
血を流している者、骨が折れている者など、全員まだ生きてはいるが五体無事な者はひとりもいない。
逆転の目は断たれていた。
「お前らアマンを探してるみたいだが、アマンは黒姫と一緒なのか? 答えろ」
黒姫であるレイのことはウシツノも知っている。
シオリのように護ってやる事が出来なかった事を今も悔やんでいる。
そのレイがアマンといる。
少しだけホッとした気分だった。
しかしまだ安否を確認したわけではない。
「……お前が答えないなら仕方ない。他の奴に聞くまでだ。来世では素直に生きるんだな。さらば」
「ま、まてッ! 言う、言うさッ!」
ウシツノの目にひとかけらも慈悲が見えないことを悟り、隊長と呼ばれたトカゲは観念した。
「オレたちはアマンってカエルを探せと命じられている」
「何故だ?」
「黒姫を連れて逃げたからだ。ゲイリート様も、コモドって野郎も返り討ちにあった、らしい」
ウシツノは前者の名に聞き覚えがあったが後者はわからなかった。
「なんでオレをアマンだと思った?」
「いや、カエル族ってだけで……アマンて野郎の顔を知らねえんだ。けどこの街にカエル族は少ねえから、片っ端から殺ってやればいいかと。へ、へへ、いいアイデアだろ。ま、まて、オ、オレだけじゃねえよ! そう思う奴は他にいくらでもいたさ」
ウシツノの顔に怒りが滲んだのに気付いたトカゲが慌てだす。
「街の人たちが振り向いてたのはウシツノを見てたんデシね」
「ああ、カエル族が狙われてるのを知っていて、バンではなくオレを見ていた」
地面から刀を引き抜くとトカゲに切っ先を向ける。
「おい、この街にカエル族は少ないと言ったな? 他に狙われているカエル族はどこにいる?」
知った以上、できる事ならひとりでも多く助けてやりたいと思った。
「オ、オレが知ってるのはひとりだけだ。ちょうど今から行くところだったんだ」
「何処だよ!」
「ひっ、緋色の釜戸通り。チチカカアームズっていう武器屋がカエル族の店だと聞いたから……ッ!」
ガツン、と刀の柄頭でトカゲの頭を殴り気絶させる。
「もしや……」
「どうしたデシ、ウシツノ?」
「行こう。もしオレの知ってるチチカカさんなら、アマンもきっとそこにいる」




