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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第五章 怪神・円環編

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404 地下室アンロック


「なんたるザマだ!」


 ドン、とトルクアータが机を叩く。

 同席しているのはゲイリート、ボイドモリ、マラカイト。

 そして離れた位置にインバブラの姿もあった。

 他にこの部屋に姿の見える者はいない。


「ゲイリートだけでなくコモドの奴までやられるとはッ」


 トルクアータが忌々し気にのたまう。

 ここにコモドの姿はない。

 今は別の部屋で眠っている。

 見た目に傷はないのだが、一同が息を飲むほど弱々しく、幾つも年老いた風に見えた。

 巨体を覆う鋼の肉体は見る影もなく、頑健さとは程遠い印象を持った。

 それはまるで、瑞々(みずみず)しさを失った枯れ枝が今にもポッキリと折れてしまいそうなほどだった。


「相手はたかがカエルと小娘ではないか、ゲイリートよ!」


 同席するゲイリートも覇気がない。

 コモドのように老けた感じは見受けられないが、憔悴している有り様は見て取れる。


「よせ、トルクアータ。それを言うなら奴らの脱走を許した我等にも落ち度があった」

「ぐぬ、しかしなあ、マラカイト。相手はカエルのこわっぱだぞ」

「いや、違う」


 それまで黙っていたボイドモリが口を挟む。

 失くした左腕に装着された鋼鉄製の鉤爪で、健在の右腕に嵌めた腕甲(ガントレット)をコツコツと叩いている。

 この一年で身に付いた、彼がイライラしている時に見せる仕草だ。


「コモドの様子を見たろ。あれは尋常じゃない。恐らくやったのは黒姫だ」

「あの小娘がか?」

「コモドは運び込まれた時から今までずっと意識がない。おそらく未知の力にやられたんだろう」

「それは術技(マギ)のことか」

術技(マギ)を使えるカエル族なんて聞いたことあるか? オレはないぞ」


 術技(マギ)、魔法や超能力といった神秘的な力の総称であるが、使える者などそう滅多にいるものではない。

 実際姫神を除けば怪しげで胡散臭い連中ばかりであろう。

 大抵はくだらない仕掛けを用いてたぶらかそうとする詐欺師まがいがほとんどだ。


「だいたい魔女はどこへ行ったんだ!」


 術技(マギ)の話が出たことでトルクアータの怒りの矛先は黒革の魔女へと向いた。


「そう言われたら、オーヤなら大分見てないな」

「何処ぞででもくたばっているのではないか?」

「そんなタマではないだろう」

「オーヤなら……」


 少し小さめの声でゲイリートがようやく発言した。


「魔女ならはハイランドへ行くと言っていた」

「ハイランドだと? 何故そんな北へ」

「それはいつだ? ゲイリート」

「もう一月(ひとつき)になる」


 だが目的も帰還予定も聞かされてはいなかった。


「確か、あの魔女は黒姫の居場所を常に察知できるのだったよな?」

「おお、そうだったな、マラカイト! ゲートとか言うのを開いていつでも合流できるはずだ。我らがマラガへ大軍を呼び込んだ時のように」

「では魔女の帰還を待つとするか、トルクアータよ」

「馬鹿言うなッ」


 二人の会話にボイドモリが怒り混じりの声を出す。


「魔女のいない間の失態だぞ。この上まだあの魔女に尻拭いをしてもらうつもりか」

「ぐ、ぐぬぬ」

「ボイドモリの言う通りだな、マラカイトよ。魔女が戻るまでに我等の手で黒姫を連れ戻さねば」

「しかし奴は何処にいるのかもわからぬ」


 トカゲたちが黙り込んでしまったので、おずおずとインバブラが前へと出た。


「ちょっといいか」

「なんだインバブラ! 貴様居たのか」


 これは嫌みでも何でもなく、本気でトカゲたちはインバブラのことを気にも止めていないのである。

 そんな事には慣れっこになっていたインバブラは臆せず発言を続けた。


「アマンの居場所はだいたい見当つくぜ」

「なんだと」

「あの図体のでかいトカゲがやられたのはヒガ・エンジの屋敷跡だろ」


 コモドの事であろう。


「アマンはこの街の縁者の元を渡り歩いているんだろうさ」

「心当たりがあるのか?」


 マラカイトの質問にインバブラはニヤけて見せる。


「カエル族の生き残りは少ねえ。緋色の釜戸通りにカエル族が店主の武器屋がある」

「そこにいるのだな!」


 トルクアータとボイドモリが勢いよく席を立つと、すぐに部下を呼び部屋を出て行った。

 マラカイトも遅れて席を立つ。

 しかしすぐに出て行こうとはせず、ツカツカとインバブラの目前にまで迫ると、


「手柄を立てたなどと思うな。その程度の情報、いずれは知れていたこと」


 ひと睨みしてから行ってしまった。


「ケッ! せいぜいアマンに返り討ちされねえようになッ」


 入り口に向かい唾を吐いたインバブラだが、まだひとり、席に残っている者がいた。


「なんだよ、あんたは行かねえのか? ゲイリートさんよ」

「ああ。インバブラよ。たまには少し、話をしようじゃないか」

「話だって?」

「そうだ。ここへ座れ」


 憔悴したゲイリートの顔はいつも以上に瞳に影が射し、凄みがある。

 気圧されたわけではなかったが、普段存在を無視されているインバブラにとって、話というものに興味が湧いた。


「あの晩、お前はいち早く地下室へたどり着いたのだってな」


 アマンとレイが逃げ出した晩の事だろう。


「トルクアータとマラカイトよりも早くだ。機敏な行動、大したものだ」

「そ、そうでもねぇよ」


 褒められることに慣れていないインバブラは受け答えに窮してしまう。

 上手い返しが思い付かない。

 うつむき加減のゲイリートの顔はさらに暗く険しく見えた。


「地下室へは幾重にも閉めた扉がある。その全てに鍵をかけ、全ての鍵は厳重に保管してあった。全てにだ」

「……あ、あぁ」

「それなのにお前は建物が揺れてすぐに駆けつけたトルクアータとマラカイトよりも先に来ていた。素晴らしいな。実に俊敏だ」

「……」

「なあ、聞かせてくれ。お前に予知能力がないのであれば、大した危機察知能力だと感心するところなのだが」


 未だ心身が弱っているはずのゲイリートだが、それゆえに詰問する姿は異様なほどに鬼気迫る。

 思わず息を飲んだインバブラの上体が彼から逃れようと身動(みじろ)ぎする。


「どうした? 釈明はないのか?」

「しゃ、釈明……?」

「わからないならハッキリ言ってやる。貴様が黒姫を解放したのだろう! それ以外考えられるかッ!」


 突然怒声を発するとゲイリートが席を立った。

 普段のゲイリートならこうはならなかっただろう。

 彼は常に冷静で、モロク王亡きあとトカゲ族を実質指導していたのは彼に他ならない。

 アマンのオーラに打ちのめされ、心身が弱っていたこと。

 魔女のいない隙に起きた失態であること。

 黒姫がいない彼らは烏合の衆でしかないことを最も理解し、そして恐らく唯一危機感を持っていたのは彼だけだったこと。

 その焦りと貯まりかねたストレスがインバブラへ掴み掛かるという、およそ彼らしくない行動、癇癪を起こさせてしまった。


 もつれあった二人が椅子や机を蹴倒しながら転げ落ちる。

 半ば朦朧としているゲイリートが抜いた剣を、インバブラは死に物狂いではね除けようとした。


「ぐわぁぁぁっ」


 怨嗟の響きを込めた悲鳴が途絶え、部屋は静けさを取り戻した。

 床に赤い血の海が広がる。

 その海の真ん中で、真っ青な顔をしたインバブラが一点を見つめていた。


 見つめる先には深々と心臓に剣が突き立った、ゲイリートが苦悶の表情で絶命していた。


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