403 才能アンハッピー
トカゲ族のコモドは巨体の割に素早い動きでアマンとの距離を詰めてきた。
強風が唸るような右の豪腕が繰り出されるが、アマンはコモドの頭を飛び越えるように跳躍してかわす。
「ッ!」
その刹那、コモドの棍棒のように太い尾が打ち振られアマンを叩き落とした。
しかししっかりとガードは間に合っている。
地面に叩きつけられる寸前に身を捻り大地を蹴るとその場を離脱する。
そして間髪いれず体勢を整えると、コモドが振り抜いた豪腕を戻しきるまでに顔面に蹴りを見舞ってやった。
「ニィッ」
「ちっ」
軽い痛みすら感じていない様子であざ笑うコモドにアマンは舌打ちする。
掴みかかろうとした腕を掻い潜りながら相手の肩を蹴り、空中で数回転しながら再び間合いをとった。
着地するアマンを見てコモドは破顔する。
「よぉし、なかなか良いぞ。身体はほぐれているな。しかし蹴りは軽い。体重が無さすぎる」
アマンのすぐ背後に双剣が突き立っている。
ここへ来た目的だった。
二本の剣を地面から抜き取る。
「オレは格闘家じゃねえんだ」
「もちろんだ。好きな得物を使え。だがな」
ガン、と拳で自身の厚い胸板を叩く。
「剣で斬れば勝てるなんて、甘い考えは捨てとけよ」
コモドの左胸には傷痕がある。
一年前、アマンが執拗に斬り続けた箇所だ。
体力と防御力の高いコモド相手に一撃での勝利はないと攻め続けたのだが、結果はアマンの惨敗だった。
「お前とバーナードとの斬り合いはよく覚えてる。二本の魔剣、ヘルハウンドとケルベロスを使うバーナード相手に、お前は剣の技量で勝った。大した才能だ」
「オレは別に剣を志してるわけでもないけどな」
事実、自分よりも剣が達者な者はいくらもいる。
共に研鑽を磨いたウシツノにすらアマンは勝てなかった。
「ククク、つれえなあ」
「何がだ?」
「知ってるか? 人生を幸福に過ごせるのは、圧倒的に凡人なんだよ」
ゴゥ、と大地を蹴り上げコモドが攻撃を再開した。
今度はパンチにコンビネーションを織り混ぜる。
アマンは軽いジャブやフェイントを見定め、ここぞの一発に注視する。
「お前はなかなかに剣の才能があるさ! それはオレ様も認める! だがな」
ゴッ!
コモドのパンチが防いだ剣を伝わってくる。
剣を盾に豪腕をしのごうとしたが、パワー負けして身体が浮き上がった。
「なまじっか才能のある奴は、勝負の世界に身を置きたがる! いずれは負ける茨の道を、後戻りもできずになッ」
アマンの空いたボディに今度こそ豪腕が突き刺さった。
ぐほっ、と大きな呼吸の玉を吐き出しながらアマンは盛大に吹っ飛ばされた。
「一握りどころじゃねえ。勝者は常にひと摘まみ。そうだろう?」
ガラガラと崩れた瓦礫の上でアマンは身を起こした。
剣を杖代わりに立ち上がり、コモドを睨み付ける。
「い、言いたいことはわかるがよ、そいつは負けた年寄りの悔恨だろ。ピラミッドの頂点に立つことだけが幸福じゃねえよ」
「詭弁だ。そうして結局なにも残らないのさ」
「お前の答えだろ。オレにまで押し付けるな」
アマンが双剣の柄頭を組み合わせひとつのブーメランに仕立てるとコモドに向かい投擲する。
遠心力を効かせ十分な重さを乗せた攻撃だが、それを見てコモドはあざ笑った。
「ちゃちなことを! 万策尽きたようだなッ」
組んだ両手を振り下ろしブーメランを叩き落とす。
「はなから戦いを知らなければ死なずに済んだものを」
そう吐き捨てたコモドの内部に異変が生じたのはその時だ。
何か、急に全身に力が行き届かなくなった感覚。
普段の、いや、さきほどまでの覇気が瞬く間に萎んでいくような気がした。
「く……ど、どう言うことだ。まさか、毒か」
その可能性は少ないと踏んでいたが、だからと言って警戒していなかった訳ではない。
「てめぇ……ッ」
アマンの様子が変わっていることに今さら気が付いた。
特に構えをとっている訳ではないのに、妙な威圧感を覚える。
やがてアマンの周囲に黒いオーラが可視化された。
「な、なんだ……そりゃあ」
「言ったろ? オレは剣を志してる訳でもないって」
アマンが腕を振ると黒い塊が飛来しコモドの顔面にヒットした。
「くぁ」
頭部が大きくのけぞる。
初めて負ったダメージだが、一撃で意識が持ってかれそうになった。
「うっ……」
脳震盪か、視界が回り足腰に力が入らない。
額を手でおさえつつアマンを見る。
身体から立ち上る闇が死神の様相を呈し始める。
「てめぇ……術技使い、かよ」
またしても黒い塊が射出される。
目を見開いて睨み付けると、その塊に髑髏の顔が浮かび上がりニタニタと笑っているように見えた。
(くそったれ! 故郷でも、ギルドでも、そしてここでもオレは敗者かよッッッ)
避けることも防ぐこともできず、コモドは塊を正面から浴びた。
塊が弾け、周囲に黒い霧となってコモドを覆い尽くす。
ややあって、コモドの悲鳴がほとばしった。
痛みに対する悲鳴には聞こえない。
これは恐怖におののく絶叫だった。
喉から血が出るほどに叫び、震え、そして。
霧が晴れるとコモドの巨体は倒れ伏していた。
静かに近付き、アマンは脈を取ってみる。
かすかに、だが確かに、脈はまだ動いていた。
だからと言ってまた元気に暴れまわるかどうかはわからないし、アマンもそこまで気に留めてやる義理などなかった。
アマンの術技の効果だろうか。
倒れたコモドは出会った時と比べるべくもなく老いさらばえていた。
「ニャア」
「ん?」
その時、思いがけず倒れたコモドの影から一匹の黒猫が姿を現した。
恐れることもなくアマンの足元まで近付くと甘えるようにすり寄ってくる。
「なんだお前? 悪いけど今なんにも持ってないんだ」
「ニャー」
黒猫はひと鳴きすると踵を返し、壁を飛び越え行ってしまった。
それを気にした風もなくアマンは双剣をい立ち去ろうとする。
その際もう一度コモドを見る。
ふと思った。
「あの黒猫、オレの撃ったブラックボールを浴びてねえよな」
でなければあれほど元気に去りはしない。
それは目の前の巨体を見れば一目瞭然の事だった。




