402 リベンジ屋敷跡
小さな武器屋チチカカアームズは、緋色の釜戸通りの外れに佇んでいる。
この通りはかつて飲み屋の多い裏通りだったのだが、一年前のドラゴンとゾンビーによる騒動以来、大半の店が休業に追い込まれたままだ。
無理もない。
人々は安穏と酒を酌み交わす余裕もなく、今も営業し続けるのはチチカカアームズのような物騒な商いぐらいだった。
そのマラガでは武器の需要は高まっている。
自衛のためや立身出世を野望とする傭兵崩れが多いからだ。
しかし街全体として供給量が足りていない。
満足な物流が停止しているためだが、それはマラガだけの問題ではなく、周辺地域、エスメラルダやアーカム、さらに遠いハイランドでのキナ臭い噂が蔓延しているからに他ならない。
そしてそのために武器の需要はまた増すのである。
インバブラが訪れたのはもう正午をだいぶまわった時刻であったが、狭い店内には客の姿はなく、店主のチチカカがひとり、せっせと帳簿を繰っているところであった。
チチカカもインバブラと同じカエル族。
一族の中では変わり者で、若い頃から各地を旅し、初老となった現在はこの盗賊都市に武器屋として腰を落ち着けている。
「また来たのかインバブラ。今日はお前のぼやきを聞く暇なんてないぞ」
チラリとインバブラの姿を認めるだけで帳簿から目を離そうとはしない。
「つめてえよなぁ、あんたもよ。オレたちゃ残り少ないカエル族の仲間じゃねぇかよ」
そう言いつつ店内に入ると商品を物色する。
とはいえ商品棚はだいぶスカスカな有り様だ。
「儲かってるみたいだな」
「アホいうな。物が足りねえだけだ。それに売上のほとんどは徴収されてる。お前のお仲間たちにな」
チチカカアームズもこの街の商店ギルドに所属している。
でなければ正当な商売はできない。
そのギルドを仕切るのは五商星筆頭のポンド・パーファだ。
売り上げは前年を大きく下回っているにも拘らず、彼はトカゲ族の無理な要求に従わざるを得ない状況にある。
そのため必然的にギルドメンバーにしわ寄せが来ているのである。
「世間話をしに来たのか? 忙しいんだ、帰ってくれ」
「まあ待てよ。ちゃんと聞きたいことはあるんだ」
急に辺りを気にしながらインバブラが顔を近付ける。
「アマンの奴は、来てねえか?」
「アマンだって?」
「馬鹿、声がでけえ」
他に誰もいない店内でインバブラは汗をかく。
「アマンなら一年も前から見てねえよ。急にどうした? アマンがこの街に来てるのか?」
「い、いや、来てねえんならいいんだ。ただなんとなく、急にオレも思い出しちまっただけでよ。残り少ねえカエル族だからな」
「……ふん」
それ以上チチカカは相手をしようとせず、インバブラもなにかを言いたげではあったが諦めて出ていった。
しばらく静かな店内で帳簿の上をペンが走る書き込み音だけが響いた。
数分が経過したが、その後誰も来る様子もない。
「ふう」
帳簿が一段落し、重い腰を上げると、チチカカは店舗裏へ周り狭い階段を上がった。
ギシギシとしなる階段をなるべく音を立てないように上がる。
炊事場を通り抜け、一番奥まった部屋の前に来る。
「どうだい、気分は?」
古びた木製の扉を開けるとそこはまた狭い居住空間で、簡素な椅子と机、申し訳程度の家具、そして冷めきった昼食が放置されていた。
部屋の片隅にはひとりの人間の女が縮こまっている。
「お腹は空かないかい、レイさん?」
女は深見レイだった。
レイはこざっぱりとした白い衣服に着替えていた。
今まで着ていた黒いスーツは昨日から洗濯かごに放り込んである。
今は足首まで隠すほど裾の長いスカートに肩の露な布の服をゆったりと纏っていた。
背中まで流した黒髪と対比するほどに眩しい白さだった。
レイはチチカカを見上げると小さくコク、と頷いた。
残暑の季節だというのに少し震えているようだったが、おそらく気温の問題ではないのだろうとチチカカは察した。
(まだ警戒されてるか)
レイをともないアマンがチチカカの元へ来たのは昨夜遅い時間だった。
もちろん突然の訪問に驚いたが、事情を聴いてすぐにレイを匿う協力をした。
この一年、トカゲ族に対する怒りはマラガに住む者たち共通の感情でもあったのだ。
その手助けができるとあれば断らない手はない。
しかし夜が明けるとアマンはすぐに戻ると言い、ひとり出ていってしまった。
それきり残されたレイはああして縮こまっている。
手の付けられていない食事を片付け、レイの前に温めたミルクを差し出すと、チチカカは店舗へと戻った。
普段通り振る舞っておかなくては怪しまれる。
アマンとレイを匿うことがどう転ぶかはまだわからないのだ。
「それにしても」
降りてきた階段を見上げながらチチカカは嘆息する。
「アマンの奴、人間の娘にえらくモテやがるな」
前回連れてきた赤髪の娘とはまた違う娘を連れてきた事が一番の驚きだったかもしれない。
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ヒガ・エンジの屋敷は、火事の跡が痛々しいほどにそのまま風雨にさらされていた。
ここは盗賊ギルドとアマンたちが一戦やらかした場所であるが、まるで昨日の事のように面影がそのまま残っている。
そこにアマンは来ていた。
仲間であった屋敷の者たちが今も居るとは思わなかったが、その目で確かめたくもあった。
それに失くした武器もある。
二対の剣で、ひとつに合わせるとブーメランにもなる飛影双剣だ。
チチカカから譲ってもらった物だがアマンは気に入っていた。
「この辺に落ちてるはず」
最後に筋肉バカなトカゲの大男と戦ったことを覚えている。
誰も拾わなければまだあるだろうと期待していた。
庭にはなく、真っ黒く煤けた柱と梁のみとなった建物内に踏み込む。
「お」
やがて床に深々と突き立った見覚えのある双剣を発見した。
間違えようもない、アマンの剣だ。
「やったね。やっぱりまだあった」
喜び駆け寄ろうとしたアマンの前に、しかし柱の影からヌゥッと巨体が姿を現し道を遮った。
「やはりここに現れたな、カエル」
「お前は!」
鋼の肉体を誇るトカゲ族のコモド。
盗賊ギルドの幹部にして、一年前の騒乱時、アマンが最後に敗れた相手だった。
「お前が黒姫を連れて逃げたと騒ぎになっている。ここで待てば姿を現すと踏んだが、その通りになったな」
トカゲ族は騒ぎ出しているようだ。
アマンは当然の事態に顔色を変えないようにする。
「なんでそう思った?」
「決まってる! ここでお前はオレ様に負けたからよ! オレだったらよ、何年経とうが悔しくて仕方ねえ! もう一度やってやりてえと思うだろうが!」
「随分自分本意な考えだな。オレがここに来ない可能性もあるだろ」
「フン! 負けたことに目を背けるフヌケなら、オレ様が相手する程もない」
「別にそんなつもりで来たんじゃないんだけどな」
「ごちゃごちゃウルセエッ」
ガツン、と鋲のついたナックルガードの両拳を打ち合わせる。
「オレはストレスが溜まってんだ! 殺されたくなきゃ必死に抵抗して見せろォ」
巨体が豪腕を伴い襲い掛かってきた。
「しゃあない。そんじゃぁリベンジさせてもらうか」
アマンは逃げずに正面から戦いの構えをとった。




