398 野盗エンカウント
センリブ森林。
静かな森の中だった。
聞いていた以上に静かできれいな森だった。
かつてこの森でエルフと銀姫が激しい戦闘を繰り返したとは思えないほどだった。
緑は生い茂り、そよ風は涼し気だ。
陽は少し傾き始めたが、瑞々しい木々の葉が光の粒を反射しているようにも見えた。
人の手が入っていない、自然に任せた空間だった。
そんな静かできれいな森だったから、少し休憩のつもりで腰を下ろしたつもりが、気付けば数分間のうたた寝をしてしまっていた。
誰もいないと油断したのもあった。
刀はしっかりと握っていたが、同伴者にまで安全を配ってやる心遣いは足りてなかった。
複数の足音と、暴れてもがく小さな声に、ウシツノはようやく目を開けた。
「ああ、何してるんだ? バン」
カエル族の剣士ウシツノがうたた寝から目を覚ますと、目の前で小さな白いタヌキが魔物に襲われているところだった。
「見てわからない阿呆デシか! 喰われそうなんデシッ」
確かにウシツノよりも身体の大きい獣がバンに噛り付いていた。
上顎と下顎に挟まれて、バンは必死に口を閉ざすまいと踏ん張っている。
「早く助けるデシ! このウスノロカエル」
「ったく」
剣を抜きつつ起き上がるウシツノだったが、すぐに周囲に目線を飛ばす。
木陰からわらわらと武装した野盗の集団が現れたのだ。
「おおっと、そこまでだ動くなカエルくん」
「なんだお前ら?」
十人ぐらいいるだろうか。
全員人間のようだが男だけでなく何人か女もいるようだ。
どいつも黒い革鎧と剣や斧といった武器で武装している。
言動から察するに第一印象である野盗の集団で間違いないようだ。
「オレたちが誰だっていいんだよ。せっかくガルムがエサにありつけたんだから、黙ってみてろ」
「ガルム? ああ、このデカい犬のことか」
野盗の群れは少し拍子抜けしていた。
目の前の小柄なカエルがこの状況に何ひとつ動じていない様子が解せないのだ。
「ず、ずいぶんと余裕こいてるじゃねえか。お前のペットがもうじき喰われるっていうのによ」
「バンはペットじゃないデシ!」
そう答える白いタヌキに対しても違和感を禁じ得ない。
タヌキがしゃべるのもそうだが、獰猛で怪力を誇るガルムがいまだに食い千切ることすらできないでいる。
「お、おい! カエル、金を置いて行ってもらおうか」
「はあ?」
野盗が野盗らしいことを言った。
野盗たちは自分が何もおかしなことは言っていないと思っている。
なのに目の前のカエルは「はあ?」ときたもんだ。
「な、なにが可笑しい。有り金置いて行けと言ってるんだ。これが見えねえのか?」
目の前で手にした剣を振って見せる。
「見逃すつもりなのか? オレを?」
「……なに」
フゥ、とウシツノが息を吐く。
「それは要するになんだ。カエル族一匹を相手に、そちらはその人数で雁首並べておきながら、あわよくば戦わずに済ませようとか考えてるってことか?」
「な、何言って……テメェ命が」
「命が惜しいなら最初から出てくるな。ほら行くぞ」
そう言うや剣を抜いたウシツノが正面の野盗に斬りかかる。
野盗にとって予想外の展開だったが、それよりもその剣速は速く、かろうじて受け止めた野盗の剣が粉々に砕けるほどの威力だった事になお驚嘆した。
「なっ」
驚いた顔をしたままその男は横っ面を刀の峰ではたかれると失神した。
「ジャ、ジャン! やりやがったなぁこのカエルごときが」
「てめえ! おいガルム! さっさとそのタヌキ……」
「フヌゥゥンッ!」
もっと予想外の光景だった。
野盗たちが見ている前で、バンの体が大きく盛り上がったのだ。
たちまちガルムよりも巨大な白い猛獣の姿になると、一撃でガルムの頭部はバンの爪で引き裂かれ絶命していた。
「最初からそうしとけよ、バン」
「な、な、な、なんだこのバケモノ」
「失礼デシ。バンはバンダースナッチ。白い巨獣の元姫神デシ」
エッヘン、と胸を逸らすエラそげなバンに野盗たちは腰が引けた。
「ひ、姫神だって」
腰が砕けてへたり込む野盗たちにバンとウシツノが威嚇しながらにじり寄る。
太陽を背に立つ二匹のその姿に野盗たちは恐れおののいた。
「お、お前ら……一体何者だ」
「ウシツノ。旅のカエル族だ」
「ウ、ウシツノだって!」
「け、剣聖ウシツノ! まさかお前が、あのグランド・ケイマンを破ったという」
「そ、それに姫神だって? や、やべえ」
野盗たちが立ち上がると一目散に逃げだした。
「あ、おい」
倒れたままのジャンという野盗もしっかりと肩に担いで逃げ去っていく。
案外仲間想いなんだな、と思いつつも、彼らはウシツノすら驚くほどの速さで逃げ去っていった。
元々ちょっと懲らしめてやろう程度にしか思っていなかったので、それ以上追いかけたりするつもりもなかったのだが。
「せっかく気持ちのいい場所だったのにな」
静かできれいな森の一角は、散乱した巨大な猛獣の死骸で居心地の悪い場所へと変貌していた。
「あいつら、おそらく盗賊都市から落ち延びた野盗デシ」
「盗賊都市、マラガのか?」
「デシ。聞くところによればマラガは去年壊滅的被害を受けたそうデシね」
「ああ」
「野盗に落ちぶれた集団がこんな所に出没するという事は、マラガの組織体制はだいぶ混沌としている可能性があるデシよ」
「それって盗賊ギルドとかのことか」
ハイランドを我が物にしようとしていたチェルシーことゼイムス皇子はマラガの盗賊ギルド幹部だった。
そのチェルシーがハイランドで暗躍していた裏にマラガ盗賊ギルドの存在があるかもしれなかった。
「そんなところにアマンの奴がいるのかな」
ウシツノとバンは旅を再開することにした。
目指すマラガまで、まだ数日の旅になる。




