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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
断章IV

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397 ネズミと家出少女


「ワタクシをこの街から連れ出しなさい! そうすればあなたを見逃して差し上げます」

「なんだって?」


 オレは目の前で威勢よく幼い人差し指を突きつける少女に面喰っていた。

 か細い指だ。

 その気になれば一瞬で折ることも斬り飛ばすことも出来る。

 オレがそんなことを考えているとは思いもしないだろう、つぶらな瞳はしかし意外なほどにギラついていた。


「あなた盗賊でしょう? 名前は?」


 そう。オレは盗賊だ。

 この稼業に就いてもう何年にもなる。

 何年も続けていけるってことはだ、オレは並じゃないって証だ。そうだろう?


 今夜はこの街一番の大富豪ヘイデンの屋敷で盛大な舞踏会が催されている。

 ハイランドは数年前の亜人戦争による多額の戦争賠償金を抱えているというのに、金はあるところにはまだまだあるってことなんだろう。

 新たに王座に就いた聖賢王の次男坊ブロッソも、あまり当てにはならないようだ。


 オレのような底辺を生きる盗賊には関係のない、煌びやかなお話にしか聞こえんだろう。

 だがその舞踏会の喧騒に紛れこめれば、ヘイデンの噂に名高いお宝部屋に忍び込めるってもんだ。

 なぁに、手はいくらでもある。

 招待客やその従者に変装するもよし。

 臨時で増員される警備兵として雇われるもよし。

 大量に搬入される酒や食材の荷箱に潜んだっていい。

 なんでもない静かな夜に、庭から入って鍵開けを試すよりよっぽど容易いさ。


 その考えは見事に的中、侵入に成功したオレは灯りのついていないひとつの部屋を選んでそっと忍び込んだってわけさ。


「盗賊! 名前を聞いているでしょう?」


 オレは思わず天を仰いだ。

 まさかそこで、このお屋敷のお嬢様が今まさに、家出を画策していたとは予想もつかない大誤算だったぜ。


「な・ま・え!」


 しっかし呆れた世間知らずの嬢ちゃんだ。

 盗賊が聞かれて名乗ると思っているのか?


「……ネズミだ」


 通り名だ。本名じゃない。

 だからいいだろ?


「ネズミ?」


 少女はキョトンとした目をしている。

 小柄で、いつも相手を上目使いでねめつけるのと、大きくせり出した2本の前歯のせいで、オレの顔はどうにも鼠を連想させてしまう。

 だから誰もオレを名前で呼びはしない。


「見た目で通称(あだ名)をつけるなんて、低劣な盗賊らしいですわね」


 まったくだ。

 俺も皮肉で返してやろうと口を開きかけたのだが、その時突然ドアが開き見回りの警備兵とバッタリ眼が合ってしまった。


「ッ!」


 ヤバイ!

 驚いたのは向こうも同じだろう。

 慌てて大声を上げて応援を呼び集めている。


 慌てていたのはオレも同様だ。

 窓から飛び出し脱出を図るオレに飛びつき、一緒に外まで転げだした者がいた。

 世間知らずの家出お嬢様だ。


「おい、こら」

「言ったでしょう! この街からワタクシを連れ出しなさいと!」


 唾を飛ばしながら訴えかけてくる少女はオレから離れようとしなかった。

 そのおかげか屋敷の庭で追いつかれたオレ達は、ついにでっぷりと肥えたヘイデン本人と警備兵たちに取り囲まれてしまった。


「おのれこ汚い盗賊風情がッ。さてはワシの大事なお宝コレクションを狙って入り込みおったな!」


 開口一番がそれである。

 そのこ汚い盗賊に縋りついている自分の娘は無視なのか?

 すると家出お嬢様がオレだけに聞こえる囁き声で、こう言えと耳打ちをしてきた。

 ったく、仕方ない。


「ヘヘ。い、いいのかヘイデン? まんまとオレに出し抜かれやがって」

「なんだと?」

「今頃オレの仲間がお前の一番大事なお宝『女神の宝珠』を手にしている頃だぜ、って言ってんだ」


 大嘘さ。

 オレに仲間なんていねえ。

 阿漕な稼ぎ方を渋るオレについてくる盗賊なんていやしねえんだ。

 だから一攫千金を狙いここに来た。

 ギルドにたんまり金を納めてのし上がる為にだ。


「な、なに! あの宝石はワシのモノだぞォ! どれほどの値打ちがあると思っているんだ!」


 大汗をかき始めたヘイデンは身をひるがえすと屋敷へドタドタと駆けだした。


「ええい兵たちよ! 宝珠を取り戻すのだァ」


 呆れたものだ。

 ほとんどの警備兵を引き連れて行っちまった。

 残った兵は五人もいねえ。

 これなら余裕だ。

 オレは兵に向けて自信たっぷりニヤケてみせると、腰から剣を抜いて斬り捨てにかかった。




 家出した少女を連れてオレは無事に街の外へと脱出していた。

 夜の平原は人々の生活の灯がない代わりに星々が瞬いている。


「わぁ」


 煌びやかなお屋敷が世界の全てだった少女はしばし夜空を見上げ恍惚としていた。

 

「しかしお前、この先どうする気だ?」


 せっかく浸っていたところを悪いとは思ったが、いつまでもここに居るわけにもいかない。

 懸命に走ってついてくる少女の手を、思わず握り返しここまで連れてきてしまった。

 当てがあるなら送ってやらねばと考えていた。


「おほほ、実はもう調べてありますの。娼館という場所へ行けば女は歓迎されると」


 なんだって?


「そこでは男の方のお相手を務めるそうですわね。素敵な殿方を見初めてみるのも一興じゃないかしら」

「ばか、お前、意味わかって……」


 つい説教しそうになるところで口をつぐんだ。

 元々オレには関係ないし、なんならこいつのせいで盗みは失敗に終わったんだった。

 身の上を心配してやる必要など……。


 そう思っていたオレに少女は手のひら大の巨大な宝石を手渡してきた。


「は? なんだこれは」

「報酬ですわ」

「これって、まさか、『女神の宝珠』じゃねえか! なんでお前が……」

「あなたおっしゃったでしょう? 今頃オレの()()が『女神の宝珠』を手にしていると。さあ、参りましょう! お駄賃を弾んだのだから、ついでにワタクシを異国まで案内してください」


 やられたぜ。

 ったく仕様がねえな。

 優雅な足取りで歩き出す高慢ちきなお嬢様にしっかり嵌められちまった。

 そういえばこのお嬢様、一度も俺をネズミと呼ばなかったな。

 まあ、どうせあの街へは戻れない。

 ならしばらくはこの世間知らずの面倒でも見てやるとしようか。


「お嬢ちゃん。まだ名前を聞いてなかったな」

「アーヤ」

「アーヤ・ヘイデン、か。その名は捨てたほうがいいな。外で生きていくんならよ」

「ならあなたが新しい名をつけてください」


 オレでいいのか?

 まあ、でけぇ報酬受け取っちまったしな。

 せめてこいつがひとりで生きていけるぐらいの技術は教えてやってもいいな。


 もっとも、オレが教えられるのは、盗賊としての生き方しかねえわけだが……。




 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆




 誰もいない丘の上、太陽が沈み星が煌めき始めた頃、ギワラはそっと墓前に手のひら大の宝石を置いた。


「あんたの部屋で見つけたよ。ずっと持ってたんだね。ありがとう……」


 しばらくそこで夜空を見上げる。

 これはいつか見た光景だと思った。

 もう一度、墓前の宝石を見てから馬に乗り、ギワラは新たな任務地、ラットケイブへと向かい走り出した。


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