393 エピローグその7 冒険者ギルド
「私が、冒険者ギルドをですか?」
「ええ。あなたに頼みたいの」
ギワラが通された部屋にはミゾレとアカメ、レームにドクターことジルゴ・アダイが集まっていた。
すでにテーブルの上のカップは空になっている。
ギワラが来るまでにある程度の議論を済ましたようだった。
「ですがこの街にはすでにいくつものギルドが存在します。そのうち二つは国営のはずです」
冒険者ギルドとは仕事を頼みたい依頼人と、仕事を探したい冒険者を仲介する業務だ。
個人情報を登録することで冒険者は仕事を斡旋してもらえるようになり、相手の身元をギルドが保証してくれることで依頼人も安心して発注ができる。
例えば不備があった場合も、ギルドは代わりの冒険者を寄越すなり、補償金を積むなりして、なるべく穏便に解決できる後ろ盾を用意することが出来る。
宿屋や酒場を併設するところも多く、町の盛り場としても大いに役立ち歓迎されることもある。
もっとも、治安に対してはいかばかりだが。
少しばかり意表を突かれた提案にギワラは面食らっていた。
おそらくまた何か諜報活動の指令だろうと踏んでいたからだ。
「実はあなたにお願いしたいのはこの街ではないの。場所は墜ちた宮殿の近くよ」
「?」
「一昨日、シャマンさんたちに宮殿の探索をお願いしていたのですが」
アカメが後を継いで説明を始めた。
「どうやら一朝一夕で把握しきれる程、生中なダンジョンではなさそうなのです」
「そこで国内外から広く冒険者を呼び込んで自由に調査、探索をしてもらおうと思っているのよ」
再びミゾレが発言権を取り戻す。
「なるほど」
ミゾレの思惑はだいたい読めた。
謎の遺跡が突如現れたのだ。
おそらく多くの財宝や貴重な物資が眠っているだろう。
少なくともそれを期待して多くの人が集まるはずだ。
冒険者だけではない。
彼等を見込んで商人や学者といった者も来るに違いない。
そうなると自然に小さくても活気のある町が生まれることになる。
新たな交易ルートとしても開拓されるし周辺の街も潤うかもしれない。
「でもどうして私なのですか?」
商売気のある適任者なら他にもいるだろうに。
「最初は観光地化を目論んでいたの。堕ちた謎の宮殿なんて絶好の景勝地になると思ってね。だけど調べてみて一般の旅行者が訪れるには危険が多いと判断したのよ」
「そこで冒険者向けにアピールすることにしたのですが、そうなると当然」
「盗賊たちも本腰をいれてやって来るでしょうね」
ミゾレとアカメの言いたいことはおおよそわかった。
盗賊である自分に声をかけた意味。
要するに表向き冒険者を管理するギルドを運営しつつ、裏で盗賊たちの行動を制限できる組織、云わば新たな盗賊ギルドを創設しろと言うのだ。
なわばりを主張することで他所から来た者が勝手な行動を起こせなくする抑止になる。
彼等にすれば素性の知れぬ者が台頭するより、信頼のおけるギワラが裏のトップに就いてくれる方が都合がいい。
そして集まるだろう情報も吸い上げる、と。
「吾輩としては無用な者たちに宮殿を荒らされたくはないのだがな」
それまで沈黙していたレームが口を開いた。
「得体の知れぬ研究室が発見されたのだ。吾輩としては学識の高い者たちを集めてその調査に専念したいのだがね」
「もちろんそちらはレーム殿に一任いたしますわ。研究室への立ち入りも限られた者に制限いたします」
「人の流れが生ずれば情報も流れる。ハイランドにとって福音がもたらされるかもしれない貴重な宝が流出してしまう恐れもある」
レームとしては冒険者を招き入れるのに抵抗があるのだろう。
そこにジルゴが重い口を開いた。
「まだどんな危険が残っているかもわからんのだ。遺跡探索に長けた冒険者を使って、早急に調べるのもありだろう。それに人流は経済にとって一番の良薬だ。それこそ、秘密兵器を隠し持つよりもな」
ジルゴの助け船もありレームも渋々ながら引き下がった。
どうやらこの下りは既に何度か繰り返されたあとらしい。
「というわけなの。どうか引き受けてくれないかしら。ギワラさん」
両手を合わせ拝むように頼み込むミゾレにギワラは心中で唸った。
申し訳なさそうに頭を下げつつも、有無を云わせない圧がある。
頭ごなしに命令する輩よりかはマシだが、進んで引き受けさせたと思い込ませるだけに中途半端な仕事ぶりでは後で大変な目に遭いそうだ。
しかしギワラもとうに決心がついていた。
「わかりました。お引き受けいたします」
「ありがとう! 必要なものがあればなんでも言って。すぐに手配するから」
ギワラ自身も遺跡探索に興味があったのだ。
その陣頭指揮がとれるとなれば断る道理はない。
ギワラの回答にミゾレはご満悦だった。
早速今後の見積もりについてギワラと二人で算段をし始める。
それを眺めつつレームが鼻を鳴らす。
「ふぅむ。物資の輸送ならば桃姫に頼めば早かろうに」
「パペットにして自立歩行させるのか?」
「木材や石材を動かすなどわけないであろう?」
「実はですね……」
レームとジルゴの会話にアカメが割って入る。
「行方知れずなのですよ。数日前から」
「桃姫がか?」
「ええ。今もシオリさんやウシツノ殿が探しているのですが、もしかすると」
「もうこの国にはいないかもしれんな」
ジルゴの言葉にアカメは頷いた。
「そうか。彼女とはいろいろあったが、それでもこの国を救ってくれたひとりに違いない。微力ながら、吾輩も捜索に尽力しよう」
「そうだ!」
神妙な顔を突き合わせていた三人とは別に、ギワラと歓談していたミゾレが微笑みながらなにやら思い付いたようだった。
「そうだわ、ギワラさん。ささやかながらお礼として贈り物をさせていただくわ」
「贈り物?」
「ええ。とっても素敵な提案よ。新たに生まれる町の名前ね、あなたが決めていいわよ」
「名前ですか?」
「ええ! 好きな名前で」
「それなら……」
ギワラは新しい町の名前を一同に告げた。
「ほんとに、それでいいの?」
「はい」
想像とは違ったのか、ミゾレが拍子抜けした顔をしている。
「彼女に決めていいと言ったのだ。それでよかろう」
「わ、わかりましたわ」
ジルゴに言われてはミゾレもおとなしく引き下がる他ない。
「それでは新しい町の名はこれで決まりね」
「はい。よろしくお願いします」
――ラットケイブ(※ネズミの洞穴の意)
この日、新しく誕生したこの町は、瞬く間に発展を遂げることになる。




