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亜人世界をつくろう! ~三匹のカエルと姫神になった七人のオンナ~  作者: 光秋
第四章 聖女・救国編

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386 決着


「つまりシオリは今あの獣神の腹の中でマユミを救出しようとしているのだな!」

「そうだ!」


 早口でまくし立てたナナにウシツノは力強く頷いた。

 ナナの理解の早さは助かる。


「それで獣神は怒り狂って地上へと降りてきたのか」

「奴はこの街の獣人をエサだと思っている。食い尽くすことで更なるパワーアップを図ろうとしているんだ」

「そんなことはさせん」


 ナナの身体からしなる巨大な鞭が何本も生えてきた。


「さらにこれ以上に形態変化できるのか?」

「無理だなんて言ってられないだろう」


 ヒュンヒュンと威嚇するように空気を裂く音をさせる。

 ナナは獣神を迎え撃つ覚悟を決めた。


「ぐ」

「ッ!」


 しかし思いのほか、先に獣神に異変が生じ始めた。


「ぐ、がが……やめろ、白姫」


 苦悶の表情を浮かべながら巨体をよじる。

 落ちた宮殿の瓦礫を弾き飛ばしながら、陥没した平原で明らかに苦しみ出した。


 ボコ、と背中の蛇体の一部が異様な膨らみを見せたかと思うと、一点から勢いよく血が噴き出した。

 赤い血だった。

 みるみる血だまりが出来ていく。


「見ろ! 光だ」


 噴き出す血の射出孔に突き出た光の剣が見える。

 その光は内部から蛇体を引き裂くように動くと、より大量の血を出しながら中から二つの影が飛び出してきた。

 アカメがその二つの影を目で追う。

 純白のドレスをまとった聖女と、桃色のドレスをまとった美姫。


「おおっ」


 種族差による美意識感など関係ない。

 アカメは二人の美しさに息を飲んだ。

 シオリとマユミだ。


「二人とも覚醒しています!」

「使え! 桃姫」


 タイランがマユミに向かい自身の剣を投げて寄越した。


「神剣ククロセアトロ! そいつも神器だ!」


 薄桃色の刀身をした薄く軽い剣だった。

 マユミがその剣を持った途端、辺り一帯に(かぐわ)しい花の香りが満ちる。


完全救済パルフェ・オ・サリュー


 シオリの術技(マギ)がガトゥリンを包み込んだ。

 いつも感じるあたたかな光だ。


「シ、シオリ殿! なんで……獣神を癒すつもりか?」


 それは慌てたウシツノの杞憂だった。

 なんとガトゥリンは回復するどころか背中にあった巨大な虹蛇、エインガナの体がチリのように消え失せていったのだ。


「なっ! どういうことだ」

「推測ですが……」


 ナナとウシツノのそばにタイランとアカメも降り立つ。


「どういうことだよアカメ?」

「シオリさんの回復術はですね、対象の治癒力を促進するのではなく、実は身体の状態を巻き戻しているのではないかと思うんです」

「巻き戻す?」

「そう。怪我をする前の状態、病に罹る前の状態に、です」

「どうしてそう思うのだ?」


 タイランが尋ねる。


「それはシオリさんの回復と思われる能力が、生命以外の物にも効果があるからです」

「そうか! 確かに、汚れた衣服を元に()()たりしていたな。無機物に促進すべき治癒力などあるはずがない」

「壊れたものを()()()という風に捉えるのではなく、戻す、か」


 ウシツノもなんとなく納得できたようだ。


「それで、獣神が虹蛇を喰う前の状態に戻したってことか。でもそれなら虹蛇はなぜ甦らず消えたんだ?」

「死を巻き戻すことは出来ないのでしょう。それはたぶん」

「そういうルールなのだろう」


 アカメの言葉を継いだのはナナだった。


「お前たちは私たち姫神がなんでも出来るとでも思っているかもしれないが、案外そうでもないんだ。なんと言うか……何故かその時、最善の策が頭にイメージできる。そして実際に新しい術技(マギ)を使うことが出来るようになる。たぶんあの二人もそうだろう」

「以前シオリも似たことを言っていたな」


 タイランの言葉にアカメが相槌を打つ。


「姫神はこの世界で〈最適化〉されると言っていましたね。言葉もそのひとつでしょうが」

「私たちはこの世界に来て間もない。なのに自然に戦いに馴染めてしまう。もう普通の日本人ではないのだ。……とはいえ相応の制限は課せられているようなのだがな」

「制限? それが先ほど言ったルールですか?」

「ああ。私の場合は、なんにでも、サイズも気にせず体を変形できるが、分離できない」

「それでか」


 それはウシツノが思っていた疑問の答えだった。

 銀姫は一度として飛び道具を作ったり、分身を作ったりはしていない。

 その発想がないはずがないのに、とウシツノはかねてから疑問だったのだが。


「しかしそれが虹蛇が消えた理由……」

「そうだ。シオリは〈死〉を超越できないのだろう。いずれは知らんが少なくとも今は」

「では桃姫は?」


 全員がマユミに注目した。

 風に舞う花のように、マユミの姿がはかなく美しい。

 マユミが術技(マギ)を唱えた。


万物の愛トータル・オペレーション


 風が吹いた。

 ガトゥリンに向かって。

 重さすら感じる勢いに圧され、よもや地に膝をつく。


 地面が揺れた。

 ガトゥリンの周囲だけ。

 平衡感覚を失い、底知れぬ目眩を覚える。


「こ、これは……」

「自然を、操ってる?」

「それも局地的にですッ」


 ウシツノたちには何の影響もない。

 ガトゥリンの周囲にだけ、異常な自然現象が頻発していた。

 元々無機物に疑似生命を与え操作していた桃姫は、覚醒が深まるごとに操作する対象の限界が上がっているようだ。


「燭台や鎧人形を動かすどころではありません。砂粒ひとつひとつ、空気の流れを縦横無尽に……とんでもない処理能力なのでは」

「も、桃姫の制限ってぇのは?」


 ウシツノの問いに誰も答えられなかった。

 いや、答えた者がいた。

 凄まじい咆哮を上げるとガトゥリンが力を振り絞り叫んだ。


「我は、ガトゥリン! 魔神将ぞ! 姫神ごときに」

「もういいでしょ。終わりにして上げる」


 そう静かな声で返したのはシオリだった。


「白姫! また我を封印する気か! あの狭苦しい箱なんぞに! させんぞォ」


 なりふり構わずシオリに向かい突進してくる。

 マユミによる攻撃を受けながら、委細構わず間近まで迫る。


「封印なんてしないです。あなたみたいな危険な(ウィルス)、後世に残すわけにいかない」

「ぐォォォォォッッッ!」


天の御柱(アメノミハシラ)



 ズドォォォォォッッッンンン!



 巨大な雷の柱が落ちた。

 太く白い柱のような雷だった。

 衝撃と、轟音と、灼熱と、烈風が、周囲の全てを巻き込もうとする。

 それを風の壁を作り防いでくれたのはマユミだった。

 だからウシツノたちは(まばゆ)い光に目が(くら)むだけですんだ。

 やがて静寂が訪れ、どうにか視界が回復し、恐る恐る目を開けたときには、すでにガトゥリンは塵すら残さず消滅していた。


 獣神は滅んだのだ。


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