380 神の立ち位置
「随分と早いお出ましだな」
驚きを隠さず獣神ガトゥリンが言った。
シオリたち四人はガトゥリンの面前まで、すんなりと来ることが出来た。
上空に漂うこの光の宮殿までは、天井のない王城の謁見の間からシオリとタイランの羽で舞い上がってきた。
踏み込んだ宮殿の中は淡い燐光を放つ苔に覆われ、全体的に緑がかった明るさが保たれていた。
コンコン、と床石を剣で叩いてみるが、しっかりとした大理石のような反応がある。
「こんな重そうな石が空に浮かんでいるのか」
「おそらく浮遊石を含んでいるのでしょう」
「それってシャマン達が狩りをしていたっていう砂漠の石のことか」
アカメとウシツノが珍しそうに石を眺めるなか、シオリとタイランは宮殿の奥へと歩を進める。
「静かだな」
獣共が待ち受けるかと思っていたが、案に反して宮殿内にはシオリ達以外の気配が感じられなかった。
ただ苔に覆われた宮殿内はひどく湿気があり居心地がいいとは決して言えない。
「そうか? あまり気にならんが」
「ですねぇ」
カエル族の二人はそうでもないようだ。
四人を邪魔する者はなく、宮殿内も入り組んだ構造などでもなく、やがて最上階らしき広い空間にたどり着いた。
そこに獣神はいた。
いささか驚いた表情で四人を出迎えてくれたのだ。
そこで冒頭の台詞である。
「随分と早いお出ましだな」
すでにシオリは戦闘態勢を整えている。
光輝く六翼を発光させ柄のみの神器に光の刃が集束する。
「白姫。いささか驚かされたぞ」
「なにがですか」
シオリとは対照的に、ガトゥリンは戦闘の意欲が高くはないようだ。
戦いよりも対話を望んでいた。
「銀姫はどうした? 何故連れてこない? これは最早神々の戦い。その者らがなんの役に立つというのだ」
「私の信頼に応えてくれます」
「フアッファッファッ! 同じようなことを言った姫神が昔いたぞ。返り討ちにしてやったらえらく泣き喚いていたぞ」
「ヒカリさん……」
シオリの顔が険しくなる。
「そうは言っても結局お前は封印されたじゃないか」
そこでウシツノがシオリの前に出て刀を獣神に向ける。
「くだらん横やりが入ったためだ。貴様ら姫神に敗れたわけではない」
獣神の声が怒気をはらみ低くなった。
「つまりあなたも、無敵ではない、と言うことですよね」
「癪にさわるカエルめ。貴様から八つ裂きにしてやるか」
「あわわ」
アカメはサッとタイランの後ろに隠れた。
タイランも神剣ククロセアトロを抜き放つ。
「これ以上話しても無駄だろう。お互い立ち位置も価値観も違いすぎる」
「それです!」
アカメが相づちを打った。
まさにそれこそがアカメの疑問点だった。
ガトゥリンの立ち位置、それがアカメにはわからないままなのだ。
「ただの殺戮者と考えていいのでしょうか」
神の振舞、神の日常、神の求めしもの。
神を信じる信じないの話は置いておくとして、目の前の獣神は単に破壊や殺戮が目的なのだろうか。
不思議な雨を使い、人々を獣に変え食す。
食したものの能力を奪う事すらできる。
しかし曲がりなりにも神と謳われる存在が、人ひとりひとりの些細な能力を得んがためにこのような大掛かりな災いを起こすだろうか。
神の行いは常人の知見を凌駕するとしても、いや、そうではない。
ガトゥリンは自ら「神」を名乗ったわけではない。
それは人間側が「獣神」と恐れ、あるいは敬ったためであり、彼自身は当初から「魔神将」と謳っていた。
「それは、考えたくもないですが、ガトゥリンは唯一の存在ではなく、同等、あるいはさらにその上の存在がいる。そして」
アカメの考えはいつしか声に漏れ出ていたが、シオリ達の耳には届いていなかった。
すでに三人は横並びに剣を構えガトゥリンと相対している。
ようやくガトゥリンも手合わせをする気になったようでもある。
「そしてガトゥリンはシオリさん……いえ、姫神との対戦を当然あるべきものとして捉えている。そこに彼の目的、あるいは何某かからの命令があると……」
それが何かを見極めようとアカメは思った。
それがこの戦いの勝機に繋がる。
それが武力を持たない自分がシオリの役に立つ役目だと思っている。
そしてそれこそがシオリが自分をここへ連れだった理由だと理解していた。




