379 調子のいい日
「本当にお前たちだけで行くのだな?」
ナナが何度目かの確認を促す。
その度にシオリは「はい」と返事を繰り返した。
「しかしやはり、お前たち四人だけでガトゥリンと戦うのは」
「ナナさんしか町中にいる獣人を押さえ込むことはできません」
シオリはウシツノとタイラン、そしてここへ間に合ったアカメと四人だけで光の宮殿に上ると決めたのだ。
「しかし……」
「無駄だよ。シオリ殿はこれで頑固でな」
「一度言い出したらとことん凹むまで意見を曲げませんからね」
ウシツノとアカメがため息をつく。
シオリは二人を無視してナナへと頭を下げる。
「町中の獣人は私の閃光撃で今は大人しくなっています。彼らを暴れさせないようお願いします」
「了解したよ」
ようやくナナも折れた。
とはいえシオリの要求もなかなかに骨が折れそうだが、スガーラが率いた翡翠の星騎士団を使えば何とかなるだろう。
そしてもうひとつ問題があった。
「ベルジャン、やはり街へ入り込もうとバル・カーン共が各地から集結しつつある。今はまだ散発的な行動に終始しているが」
「街の外周は我らケンタウロス族が持ちこたえてみせよう。シオリ殿は背後を気にすることはない」
ドン、と槍の柄を石畳に叩きつける。
「ありがとう」、とシオリがほほ笑む。
ベルジャンは先程、妹のハクニーも獣化して、今は街のどこかで潜んでいるはずだと知らされた。
ベルジャンにとってショックではあったが、同時に一族を代表してシオリを守護するという誓いを果たせていないことに憤りも感じていた。
すべてが戻ったら小言のひとつも言ってやろうと思った。
「そのためにもオレはシオリ殿を信じている。妹のためにもな」
それだけにベルジャンは敵の評価を最大限に高く見積もるよう心掛けた。
ならば討って出るのは少数精鋭がいい。
必ずしも大勢が有効な戦果を挙げるとは限らない。
そして屋内よりも自分達が力を発揮できるのは圧倒的に平原である。
ベルジャンは自分の力を最大限発揮することがシオリへの貢献だと考えた。
「みなさん、どうかお願いします。私が必ず、今日中に片を付けますから」
ぐるりと見渡すうちにシオリはケイマンと目が合った。
ケイマンは座り込んだまま片手を軽く上げ、シオリは小さく頭を下げた。
「行きましょう」
二匹のカエルと赤い鳥に出発を告げる。
四人はシオリを先頭に王城へと入っていった。
それを見届けてナナが命令を下す。
「よし、スガーラ。出来るだけ騎士団を広く展開して獣人が外へ漏れ出ないようにしろ」
「はいッ」
「この街全体をひとつの鳥かごにするぞ」
「あ、あの」
「ん?」
ナナに声をかけたのは数人のウンディーネたちだった。
「私たちは何をすればよろしいでしょうか?」
「ああ、そうだな」
どうしたものかとナナが思案していると、
「その精霊共は傷を治す力を持っとる」
そうケイマンが教えてくれた。
「そうか。それはありがたい。街の住人や騎士たちに怪我人が出た場合はお願いする」
「はい」
仕事を与えられてウンディーネたちにも気合が入ったようだ。
その様は実に可愛らしくある。
少し張りつめていた感情が和らいだのをナナは感じた。
「恩に着る、ご老人。教えてくれて……む」
振り向くとケイマンが胸を押さえうずくまっていた。
「どうしたご老人?」
ナナが心配げに駆け寄る。
ケイマンの呼吸は浅く、細かい。
額には脂汗が滲んでいる。
半分獣化した状態で止まっている太めの腕が、必死に胸をかきむしるように押さえ込んでいた。
「く、くそったれィ、ちょ、調子がいい日だと思っとったんじゃが、な」
「ご老人! しっかりしろご老人!」
ナナがケイマンを抱えると、腕の中で元剣聖は静かに目を閉じた。
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カツーン、カツーンと鳴り響く、シオリの履くブーツの足音が止まった。
暗く静かな王宮の廊下だった。
シオリも今はもうセーラー服姿ではない。
全身ピタッとしたスーツを纏い、一端の戦士さながらである。
そのシオリが小さくなった入り口の淡い外の光を見つめていた。
「どうしたシオリ。後ろが気になるのか?」
タイランに首を振り、シオリは再び前へと歩きだした。
その背に向かいウシツノは誰とはなしに神妙な声を漏らす。
「まさかあの剣聖に助けられるとはな」
隣のタイランはくちばしの端で笑っていた。
歓びか自虐かは判然としない。
「獣神を倒して名誉挽回しなくてはなりませんね」
「お釣りがくるだろ、それは」
ウシツノもアカメもそれ以上は何も語らず、久々に揃った四人は上へと続く大階段を登り始めた。




