377 覚醒銀姫
「ん?」
雨が止んだ空を見上げていたケイマンの視界に、誰かが落ちてくるのが見えた。
「嬢ちゃん」
それはシオリだった。
シオリは地面に激突する寸前、背中の羽を羽ばたかせ、わずかながらの浮力を得た。
埃ひとつ舞うことのない濡れた地面に、シオリは尻餅をつく格好で着地した。
「なんじゃ? あの小童ごときに追い出されたか」
ゼイムスを指しているようだが、シオリはそれどころではないと上を指差す。
「気をつけてッ」
「むぉッ」
なんと、王宮前の広場に背中から巨大な蛇の胴体を伸ばした獣人が、シオリの後を追って落下し着地した。
その腕には気を失っているマユミの姿もある。
「ガトゥリンです! 虹蛇を取り込んで、大きくなって」
「獣神かよ、おい」
「とんでもなく強いです。私とマユミさんの二人がかりでも歯がたたない」
「なんとまあ」
姫神の強さは次元が違うと認めていたケイマンである。
それが二人もいて敵わないと言う。
「おっかねえ。あまり長生きするもんじゃねぇな」
いくら調子がいいとはいえ、剣で勝てる相手なのかは疑問だ。
そのガトゥリンが笑い出す。
「どうした白姫。逃げてばかりでは我に勝てんぞ」
「くっ」
「おや、ここにも我のエサがいるな」
ガトゥリンが二匹の獣人に注目する。
ウシツノとタイランだ。
「小腹がすいたところだ。お前たちも我の食物となれ」
二匹の獣人がかしずく。
獣神の命令に従おうとその身を差し出そうとする。
喰われることへの抵抗を示そうともしない。
「ダメぇッ」
シオリがそれを止めようとガトゥリンに斬りかかった。
「ふん」
だがガトゥリンは光の剣をいなすと、ガラ空きのシオリのボディに強烈な掌底をお見舞いする。
その一撃でゴミクズのように吹き飛ばされたシオリが建物の壁に激突する。
壁は崩れ、シオリは瓦礫の下敷きになる。
「今のは五形拳か?」
瓦礫から這い出したシオリが頷く。
「あ、あいつは体内に取り込んだ者の力を、吸収するの」
「あの殺し屋も喰われたんか」
「ククク、白姫よ。この二匹の獣人、大事な者のようだな。ふん。カエルと鳥か」
シオリの顔がひきつる。
「おお! いい顔をするでないか。どれ、大して我の力になれる器とは思えんが、こいつらを喰えばお前がどうなるのかは見てみたいな」
シオリに向かい残酷な笑顔を見せる。
「くっ」
すぐに止めに入りたいシオリだが、思った以上にダメージがでかい。
内蔵が破裂したかもしれない。
治療を図るが焦りから回復にも手間取っている。
「なにも出来ぬのなら我の食事を黙って見ているがよい」
「やめてぇッ」
「ギガントフットスタンプ!」
その時上空からガトゥリンを踏みつけるように、巨大な銀色の足が降ってきた。
その足に踏み潰されまいと、さすがのガトゥリンも防御に徹する。
「ナナさん!」
「潰れてしまえ! 怪物め」
ナナの右足だけが肥大化している。
結集できる全重量をその蹴りひとつに集約していた。
「大丈夫ですかシオリさん」
シオリのもとに数人のウンディーネが駆けつけ回復の手伝いを始める。
「ナナさんは私たちが回復しました。意識もしっかりしています。今のうちにシオリさんも」
「う、うん」
「そこまでの時間はなさそうじゃぞ」
ケイマンの忠告は現実のものとなった。
ガトゥリンは押し潰されることもなく、ナナの脚も縮み出したのだ。
「惜しいな銀姫。覚醒もできず、あげく暴走した姫神の力など、所詮この程度」
「ぐくッ」
「お前は姫神の中でも一番弱いわ」
「おのれェェ」
ブワッ、と銀姫のスーツが膨らんだ。
そしてまばゆい銀色の光がスパークする。
「ナナさん!」
まるで重さを感じるような銀色の光が収束すると、そこに銀色のドレス姿のナナがいた。
メタリックの光沢を放つ銀のドレス。
シオリやマユミの覚醒時と似ている。
「お前も覚醒できたか」
まるで期待通りだと言わんばかりの余裕を見せるガトゥリンの前にナナが降り立つ。
明らかにパワーアップした気配はある。
だがそれにまだ戸惑っている節も見受けられた。
しかし何故かガトゥリンは満足そうだ。
シオリには不思議に思えてならない。
それでもまだ余裕があるというのか、と――。
「ふむ。さすがに寝起きで覚醒した姫神を三人も相手にするのは分が悪いな」
ナナとシオリと、そして捕まえているマユミを見比べる。
「せめて我のフィールドで戦わせてもらおうか」
言うやいなや腹に大きな口を開けると、なんとそこにマユミをひと呑みにしてしまった。
「なっ」
「マユミさん!」
ゴクン。
蛇の体内を流れるマユミのシルエットが浮かび上がる。
胴体がマユミの身体をくっきりと浮かび上がるように締め付けているのだ。
異様な光景に二人とも、いや、ケイマンすらも声がでない。
「フゥ、白姫、そして銀姫よ、我が光の宮殿にて待つ」
ガトゥリンの身体が上空に飛び立つ。
「桃姫が消化されずにいられる時間は、せいぜい三日だ。それまでに助けに来ることだな」
そう言って飛び立つ獣神を止めることは誰も出来なかった。




